前回の記事で少し触れたように、数年前、ざっくりとユーラシア大陸を横断する長期旅行をした。
長期の旅行に必要なものは、まずは時間。そしてお金。
そう、お金!
当時勤めていた会社を辞めて旅行に出発する前に、山小屋に勤務して旅行資金を稼いだ期間があった。
その時のお話です。
当時の私は会社員として働きながら通勤電車で沢木耕太郎の深夜特急を読み耽って、長期旅行を夢見ていた。ベタすぎてお恥ずかしい。
節約&節約の貧乏旅行を想定してはいたけれど、それでも長期旅行を実現するにはそれなりにまとまったお金(そして時間)が必要だった。
しかし私は残業代もロクに出ない薄給ブラック企業勤務。
そして都内一人暮らし。しかもオタク。
旅行資金は全然思うようには貯まらず、時間だけが過ぎていた。
そんな感じで過ごしていたある日、いつものように残業して終電に乗っている時にふと今日が自分の誕生日であることに気が付いた。
残業して、終電の中で誕生日を迎えてしまった。
そのとき急に「そうだ、こんな会社やめよう!!!」と思い至った。
そう決めると急に心がパーッと晴れた。そうだそうだ!こんな会社辞めてやる!そして沢木みたいなハードボイルドな貧乏旅をするんだ!
長くなるのでその辺は割愛するが、少し揉めながらもなんやかんや無事退職した。
退職の手続きを進めながら、同時に次のステップについても考えていた。
気持ちとしては最後の出勤のあとそのまま空港へ行って旅立ちたいくらいだけど、この心許ない旅行資金ではそうもいかない。
できるだけ早く出発したい。
お金を効率よく貯めるにはどうしたらいいだろうか?
考えて考えて、思いついた。
そうだ、お金を使わなければいいんだ!
お金を使わない(使えない)環境に身を置けば自動的にお金は貯まる。
そこで思い出したのが、昔読んでいた世界一周ブログに載っていた「旅行資金を貯めるために山小屋で住み込みで働いた」という話だった。
山小屋…。
悪くないかもしれない、と思った。
もともと趣味で少し山登りはしていたし、都会の薄汚いオフィスでモニターと睨めっこして疲れた心と眼球を緑が癒してくれるかもしれない。
そして何より、山に籠もれば無駄な出費をすることもない。
ついコンビニでお菓子を買ってしまったり、
遠征して現地のグルメを楽しんで出費がかさんでしまったり、
ジャニショでテンション上がって散財してしまったり、
そういったことは起こり得ない。
オタ活も休止することになってしまうけれど、それは長期旅行中だって同じ。
甘えたことは言っていられない。むしろ良い訓練になるかもしれない。
よし、山小屋だ!
そう決めると行動は早くて、
中部地方のとある山小屋に履歴書を書いて送り、無事採用された。
採用の連絡の電話で「下界にはしばらく帰れないけど大丈夫ですか?」と覚悟を問われて「問題ないです!!」と元気良く答えたものの、下界というワードの強さに若干尻込みした。
気になってあとで調べたら、山に登る人が“街中”を指すときに普通に使われている言葉らしかった。
山小屋へ行く少し前、友達に誘ってもらってさいたまスーパーアリーナで開催されたジャニーズJr.祭りへ行った。
外周を駆け回る大量のジャニーズJr.を見ながら、このキラキラした景色ともしばらくお別れか…と少し感慨深くなった。
ステージで輝くジャニーズのアイドルたちをしっかりと目に焼き付けてから、
いよいよ半年間の山小屋勤務が始まった。
山小屋は一般的に春〜秋にかけてオープンしているところが多く、私が勤務した山小屋もそうだった。
まだ積雪の残る春の山を登り、無事に山小屋へ到着すると、そこは見渡す限り山と木々。
横アリも行けない。Myojoも買えない。少クラも見れない。
当たり前だったオタ活は遠いところへ行ってしまった。
新しい日々が始まった。
山小屋での毎日は、ざっくりとこんな感じ。
3:30 起床
4:30 宿泊者のお見送りなどの業務
6:00 朝食
日中 調理、清掃、店番などの業務
19:00 夕食
20:30 就寝
このように超早寝早起きライフで、
残業三昧だった日々と比べると超絶ド健康生活だった。
ネットが全く使えないかもしれないという覚悟もしていたが、
幸い、特定の場所へ出れば電波を拾える環境だった為まったく下界の情報が入らないということはなかった。
私はTwitterのヘビーユーザーだったため、これには一安心だった。
しかし電波が拾える場所は限られているため、これまでの生活通りネット三昧という訳にはいかなかった。
毎晩、歯磨きを終えて寝る前に電波が通じる場所へ出て、Twitterのタイムラインを読み込んでから布団に潜り、今日あった世の中及びジャニーズの動きを把握してから眠りにつくのが日課となった。
電波の届かない布団の中では情報を深堀できないため、一通りタイムラインを追ったらあっさりスマホの画面を消して眠ることができた。
完全に情報が遮断されるわけではないが、気付いたらネットサーフィンして夜更かし…なんてこともない、非常に健康的なインターネットとのお付き合いが実現した。
この調子なら半年間やっていけるかもしれないな、と思った。
■悲劇
小屋に来て数ヶ月が経った頃。
いつものようにトイレ掃除をしていた。
掃除中はスマホを持たないことが多かったのに、なぜかこの日はスマホをズボンのポケットに入れたままだった。
だいたいもう察しているかと思いますが、和式便器の裏側を磨こうと屈んだ時、
スマホがポケットから落ちた。
チャッポン!
と着水する音を聞いて「ギャーーーー!!!」と雄叫びを上げながら反射で便器に手を突っ込んでスマホを救出したが、手遅れだった。
いくら乾かしても、私のスマホが息を吹き返すことはなかった。
他に電子機器は持ってきていない為、スマホの水没はつまりインターネットの喪失を意味する。
強制デジタルデトックスの始まりだった。
■異変
そうは言っても、これはこれで良い機会なのかもしれないとも思った。
山小屋に来ても電波を拾いに行ってまでSNSを続けていたけれど、これを機にSNSへの執着を絶って一皮剥けた人間になれるかもしれないと。
そう思うとこの状況も楽しめる気がして、1~2日はインターネットから解放された生活を楽しんだ。
入眠前にTwitterを眺めなくなった分、なんとなく寝つきも良くなった気がした。
しかし、異変はすぐに訪れた。
なんだか気持ちがムズムズする。
(Twitterが…)
(Twitterが…見たい!)
眠る前に今日あったことを知ることができないもどかしさ。
ちょっと呟きたいなと思ったことがその日のうちに呟けないもどかしさ。
寝る前のタイムライン熟読タイムがいかに自分にとって大きな存在であったかを思い知った。
体が強烈にインターネットを欲している。
そうは言っても無い袖は振れない。
無いスマホでは電波を受信できない。
執着を振り切るように強引に目を閉じて眠りについた。
…
そしたら、夢の中でTwitterをしていた。
夢の中の私は画面を無限にスクロールしまくって「やった!やった!Twitterができるぞー!!!!」と大喜びだった。
タイムラインに流れるおもしろツイートをふぁぼし、ライブのレポを読み漁り、
久しぶりに読むジャニーズwebの連載の数々にも歓喜していた。
…
そして目を覚ます。
そこにはTwitterもジャニwebも無い。
聞こえる鳥のさえずり。木々がざわめく音。
インターネットのない世界に落胆する。
■変化
スマホ水没から2週間程。
スマホ水没直後は完全に禁断症状を起こしていた私の脳も、この頃になると次第に状況を受け入れていった。
夜は歯磨きをしながらTwitterを読み込む代わりに満天の星が輝く夜空を眺めたりした。
日中の休憩時間は外に出て、ゆっくりと流れる雲を見た。
小屋に誰かが置いていった本を読み漁り、散歩をよくして、季節の花を愛でた。
夏を越え、少しずつ紅葉し始めた山は本当に美しかった。スマホが無いから撮影も共有もできないのが寂しかったけど、そのぶんしっかりと自分の目で美しい景色と空気を堪能した。
山小屋には、数ヶ月に1度のペースでヘリが飛んでくる。食料や生活用品を届けてくれるのだ。
その荷ほどき作業をしていた時、キャベツを包んでいた新聞紙に私の推しの1人であるKAT-TUNの上田くんの姿があった。
ドラマの出演が決まったらしく、それを伝える記事だった。
久しぶりに見る上田くんも可愛い顔をしていた。
「そうかあ。ドラマかあ」
TwitterやLINEで速報を知ることはできなかったけれど、穏やかな気持ちでシワシワになった新聞の記事を読んだ。
■少クラ受信事件
私が勤務していた山小屋では、BSに限ってテレビを見ることができた。
そうは言ってもテレビは共有スペースに1台設置されているのみ。
このテレビは普段殆ど使われることはなく、BSで山歩きの特集等の放送がある際にたまに電源が入れられる程度だった。
ある日曜の午前のこと。
土曜日はやはりお客さんが多いので、日曜の朝はスタッフ一同ほっと一息をつく時間だった。
みんなでお茶を飲んでいると、スタッフの1人が「久しぶりにテレビでも見てみようか」とテレビの電源をつけた。
するとそこには歌い踊るジャニーズJr.の姿があった。
日曜の朝10時、テレビに映った番組は「ザ少年倶楽部<再>」だった。
ギャン!!!!!
となった。
あらゆるジャニーズ情報から遮断された状況で、数ヶ月ぶりに見るザ少年倶楽部。
カラッカラの心に染み込んでいく、キラキラ衣装、歌って踊るジャニーズの笑顔。
これはまさに呼び水。
砂漠でうっかり舐めてしまった1滴の水。
飲まないままでいれば、水のことなんか忘れたままで、平気だったのに…!
リモコンを持ったスタッフは呑気に「あ、この番組知ってる。“少クラ”ってやつだよ。友達が好きで昔見せられたなあ」とか言っている。
ジャニオタであることは伏せていた私は「へぇ~そうなんですね…こういう番組が…あるんですね…」とか言いながら画面をガン見していた。
手汗と動悸が止まらない。
他のスタッフが「なんか他の見ましょうよ」と言ってチャンネルが変えられるまでの間、なぜだか生きた心地がしなかった。
この数ヶ月で自分は完全にインターネットとジャニーズへの執着から解放されて、言ってしまえば解脱したような気になって過ごしていた。
しかしそれは間違いだった。
久しぶりに摂取した動くジャニーズに、脳からアドレナリンがドバドバ排出されているのを感じた。
久しぶりに見るジャニーズ、めっちゃ良い!いわちの笑顔、可愛い!この気持ち、Twitterで呟きたい!!!
チャンネルが変えられても、しばらく衝動は止まらなかった。
結局のところ、強制デジタルデトックスによって自分の中のあらゆる欲望にラップが掛けられていただけで、本質的なところは何も変わっていなかったのだ。
■下山
秋が深まった頃、半年間の勤務を終えて無事に下山した。
予定通りぼちぼちの金額が貯まったが、それ以上に山の中という特殊な環境で学べることも多かった。
調理や掃除のコツ、珍しい花や虫の名前、山に登る時の心がけ、学べたことはたくさんあった。
そして何よりの学びは、ちょっとやそっと山に篭ったくらいじゃオタク根性は変わらないということだった。
山から降りたあと、スマホが無いから公衆電話で友達に連絡して家に泊めてもらった。
友達の家で久しぶりにテレビを見たらケンティーが映っていて、やっぱり下界しか勝たん。と思った。
おしまい。