ただの思い出話です
この間、夜中にSNSのタイムラインを眺めていたらこんな投稿があった。
投稿者は中国人の友人、Aちゃんだった。
一点都不想是明天要早起的人
突然刷到这个
当年真是很迷
老阿姨的青春
添付にはドラマ「ごくせん2」のキャプチャ画像が数点。
日本語にすると、「明日早起きしたくないよ~。てか突然思い出したんだけど、あの時は本当にこれに夢中だったわ。おばさんの青春だよ~」という感じだと思う。(違ったら教えてほしい)
ごく出アラサージャニオタの私は「わかる~」の気持ちでイイネボタンを押した。
Aちゃんとは2017年の冬、中国南部の広西チワン族自治区・南寧で出会った。
当時私は長年の夢だった、ざっくりとユーラシア大陸横断する長期旅行の真っ最中で、前泊地の深センから南寧へは夜行列車で向かった。
(南寧自体に目的があったわけではなく、次の目的地であるベトナムのハノイへ行くには南寧から列車かバスを使うのがスムーズだった。)
まだ日も出ていないド早朝に南寧駅に到着して乗務員に「南寧!南寧!!!!!」と叩き起こされたのを覚えてる。
「叩き起こされた」という比喩ではなく、文字通り叩いて起こされた。
起こされたあと何か小さな物体を投げつけられて「何だこれは?」とよく見たら、乗務員に預けていた切符がクッチャクチャに折り曲げられたものだった。
これが人民鉄路の洗礼か!と思った。
列車を降りて散々道に迷って、どうにか予約していたホテルにチェックインした。
同じ宿に泊まっていた南京から旅行に来ているという大学生の女の子二人組と話していたら「これからこっちに住んでる友達も交えて朝食を食べに行くから一緒にどう?」と誘ってもらい、一緒にレストランへ向かった。
そこに居たのがタイトルの元赤西担、Aちゃんだった。
現地式の大量の豪華な朝ごはん(ブランチのような感じなのかな)を食べながらいろいろおしゃべりして、Aちゃんは私と同い年だということが判明。
Aちゃんは明るくオープンな性格で、すぐに仲良くなれた。
せっかくなので今日はこのメンツで遊ぼう!ということになり、4人で映画を見たりハイキングをしたり、楽しく過ごした。
ハイキング帰りに皆でバスを待っていると、Aちゃんがおもむろに「彼のこと、知ってる?」とスマホ画面を見せてきた。
そこに映っていたのは山Pだった。
私はジャニオタなので、「やまぴーやんけ!!!」といささか興奮しながら「もちろん!」と返すと今度は「じゃあ彼は?」と見せてきたのが亀梨和也だった。
当時は1mmも中国語を話せなかったから、「オフコ~~ス!アイ ノウ!アイ ライク カメ トゥ~~!!」とか言った気がする。興奮。
そしたら「ほんと?でも私が一番好きなのはね〜、」と見せて来たのが、赤西仁だった。
もちろん知ってるよ〜!私も好き!!!と答えると
「本当?Akameって良いよね〜!!!」とAちゃん。
これにはもう、思わず手を差し出して握手を求めてしまった。
Aちゃんは戸惑いつつも握手に応じてくれた。
亀梨赤西コンビは日本では仁亀と呼ばれるけれど、海外のオタはAkameと呼んでいたりする。
私はAkame呼びに対して「羽振りの良いなんか強そうな画面の向こうの海外のオタが使っている言葉」みたいなイメージを漠然と持っていたので、目の前にホンモノのAkameユーザーがいる事実にちょっと感動した。
話を聞くと、当時中学生だったAちゃんは何らかの手段(!)で「ごくせん2」を見てKAT-TUNファンになったらしい。
つまり、ごく出だった。
「マジかよ〜〜!私もごくせん見てたしKAT-TUN好きだよ~!」と興奮のままに告げると、「そっか〜。でも私がすっごく好きだったのは昔のことなんだ」という。
過去形なのは、赤西くんの結婚をきっかけに担降りしたかららしい。
「結婚はいいけど、相手が黒木メ●サなのが気に入らない!もっと可愛い子と結婚したら良かったのに!」って軽くキレてて、それはそれでなんか良かった。
“Akame”を追いかけたオタクは、そういう強気な感じが似合うぞ!と勝手なことを思った。
そんなわけで10代の頃が一番力を入れてファンをしていたようで、「JINが載る雑誌はあらゆる手を使って全部買った。彼には本当にたくさんのお金を使った…」と遠い目をしていた。
雑誌を買う、と言っても私が近所の紀伊国屋書店に行って雑誌を買うのとはワケが違う。
中国で、しかも上海や北京のような大都市とは言えない地域で日本の雑誌を買い集めるのは難易度も掛かる金額も桁違いだったと思う。
「私は今でもコンサート行ったりするよ!」と言ったら「あ、まだそんな好きなの!?w」って、とっくにオタ卒した友達と久しぶりに会ったときと同じ反応されて笑った。こういうのは万国共通なのか。
翌日、大学生2人組は昆明へと旅立ったので、Aちゃんに南寧の街を案内してもらって遊んだ。
火鍋を食い、ゲーセンで遊び、オシャレなカフェで茶を飲み、マーケットを散策し、1日中おしゃべりしていた。
私はすごく人見知りするし英語も中学生レベルなのに、Aちゃんとはずっと喋っていた。不思議だ。
そして南寧を離れる前日の夜、Aちゃんが仲間と経営しているレストランに招待してもらった。
(Aちゃんはプロの料理人でめちゃめちゃ料理上手なうえに経営者だった。すげ〜)
「うちの店には日本のSAKEがいっぱいあるんだよ〜」と言っていた通り、日本酒や焼酎の品揃えも豊富で、日本食メニューもたくさんあった。
日本を出て1か月も経っていなかったけど既に日本食がメチャクチャ恋しくなっていたので、Aちゃんが作ってくれた味噌汁の味にちょっと泣きそうになった。
ここでもいろんな話をして、2005年頃のKAT-TUNや赤西くんの写真にキャーキャー言って盛り上がったり曲を流したりした。
Aちゃんは赤西担は降りたとはいえ今でも赤西くんのweiboはチェックしているらしく、
「JINは中国に来ても上海だけでしょ、そこまでは遠くて行けないや」と言っていた。
南寧から上海は2000kmくらいある。中国はデカイ。
味噌汁以外にも焼きうどんやらだし巻き玉子やら色々とご馳走になり、タダメシ食うわけにはいかん!と手伝いを申し出て、クリスマスが近かったから店の飾り付けを手伝ったりもした。
結局は手伝いもそこそこに他のスタッフとおしゃべりしたり、偶然お店に来ていた日本語科に通う学生さんと喋ったり、何故かけん玉で遊んだり、賑やかで楽しい夜を過ごした。
帰りはAちゃんが原付の後ろに乗せてホテルまで送ってくれた。
初めてのノーヘルでなかなか怖かったけど、夜の南寧の景色は綺麗だった。
カメラを取り出したいと思ったけど流石に怖かったから、気合いで景色を網膜に焼き付けた。
バスは信じられないほどスピードを出していて、中国に法定速度という概念はあるのか?と不安になった。
爆速で流れる景色を見ながら、別れ際にAちゃんから貰った小包を開けた。
中には手作りの抹茶クッキーが入っていた。そういえば「クリスマスに店で配るためにクッキーを焼いた」と言っていた。
クッキーを頬張りながら、なんだか不思議な時間だったなぁとしみじみ考えた。
海を隔てた場所で、同じ時に同じアイドルを夢中になって、その後偶然出会って、同じものを見てキャッキャと盛り上がった。
そんなこともあるんだな。
永遠の新規同士、末長く仲良くできたらいいなと思った。
おしまい。