前回に引き続き、海外での鉄道乗車記録ブログです。
今回はカンボジアとイランの記録です。
■カンボジア
カンボジアの首都であるプノンペンから、リゾート地としても人気のある海沿いの街プノンペンまでを鉄道で移動しました。
カンボジアの鉄道は旅客減少や山賊の襲撃などの治安面での問題もあり長らく運行停止していたのですが、2016年から旅客列車の運行が再開されています。私が行った2018年当時はプノンペン〜シアヌークビル間のみの運行でしたが、現在はタイとの国境部分も運行再開しているそうです。
プノンペンからシアヌークビル間の列車が動いているのは金土日月のみ、1〜2本/1日なので注意が必要です。
特急でブンブン飛ばすのではなく、ゆっくり走る鈍行列車です。乗車時間はおよそ7時間程度とやや長めなので、お尻が試されます。
朝7時発の列車に乗るため、5時半起きでトゥクトゥクに乗ってプノンペン駅を目指します。
普段は引ったくりを警戒してトゥクトゥクでスマホやカメラを出すのは控えていたのですが、早朝で人が居ないのをいいことにパシャリ。
このトゥクトゥクの運転手さん、運転中いろいろ話をてくれて、私が切符を持っているか気にかけてくれたり、荷物を運ぶのを手伝ってくれたりと親切にしてくれました。
無事プノンペン駅に到着!国王の大きな写真が目立ちます。
事前に予約していたチケットを窓口で引き換えます。ちなみに切符のお値段は7ドル。安いです。
駅構内はそこそこ人がいましたが、切符窓口は空いていたので予約なしでも買えた気がします。
切符を手に入れたらホームへ移動します。道路が乗り入れていて少し不思議な感じです。
旅客列車の後ろに連結されていた貨物列車部分に自動車が乗っていたので、車を運ぶことも想定した作りのようです。
こちらがシアヌークビル行きの列車。再運行にあたり塗装をし直したのだと思います。シックで素敵な塗装です。そして発車までまだ時間があるので談笑中の皆さん。
少し早いですが列車に乗り込むと、冷房がガンガンに効いていました。パナソニック製の家庭用っぽい形のエアコンが数台で頑張っています。
ネットではロングシートの画像を見ていたのですが、私のチケットに記載されてた車両はボックス席でした。張り替えたばかりと思しきピカピカの青いシートです。
出発時刻が近づくと続々人が乗ってきたので早めにきてよかったです。
ちなみに窓はちょっと汚いですが、景色を見るのに困るほどではありません。しかし写真を撮るには少し困る程度には汚れているので、今回の車窓からの写真は少しボンヤリした写りです。ご容赦ください。
国や地域によって旅客列車のあり方は様々です。
地域住民の足として日常的に利用されていることもあれば、主に観光客向けの移動手段として存在していることもあります。
(少なくとも2018年当時の)カンボジアの鉄道は運行再開して間もないこともあってか完全に後者で、乗客は私のような旅行者が殆どでした。 殆ど値段の変わらないバスの方が早く移動できるので、そちらを利用する人が多いのかもしれません。
列車が出発すると、家々の間を縫うように進んで行きます。ベトナムの鉄道以上に人の生活との距離が近いです。
踏切はベトナムと同じく、スタッフの人が開閉するスタイルのようです。
しばーらく街中を走ると自然豊かな感じのエリアへ。
ただでさえゆっくり走っているのに、たまにスピードを落として尋常でなくゆっくり走る時があります。そういう時に外を見ると、線路側からヤギ(にしては大きい)などの動物がササッと逃げ出していくのが見えます。動物のために徐行してるのかな?
朝早かったからか眠くなってしまい、気付いたら寝てました。1時間ちょっとくらいかな。
旅の疲れが出たのか、ここで金縛りにあいました。なんとまあ。
どこかの駅に到着して目が覚めました。駅名標がクメール語オンリーなので、全然読めません。
少し長めに停車するようだったのでホームに出てみました。貨物コンテナのうしろに車が数台積まれています。
列車は再び動き出してのどかな農村地帯を走っていきます。
広い空と緑が気持ち良いです。
たまに列車に向かって手をふる子どもたちがいて、振り返すと嬉しそうにするのが可愛らしいです。
お腹がすいてきたのでランチタイムです。実は前日、プノンペンにあるイオンモールで久しぶりに日本の食材を買い込んでいたのです。野菜不足を感じていたので、まずは野菜ジュース。
そして北海道クリームと書かれた天然酵母パン(タイ生産)も食べたのですが、これが新しく買った家具みたいな味がして衝撃的な不味さでした。
列車はシアヌークビルに向けてゆっくりゆっくり走っていきます。
車窓の景色が雄大というか、奥行きがすごい。ずっと奥まで緑が見えます。背が高くて先の方に葉が茂っている樹も、岩のような厳つい雰囲気の山々も日本ではなかなかお目にかかれません。
しばらく走ると、また少し長めに駅に停まりました。
相変わらず駅名標はクメール語のみですが、停車する少し前に外に「カンポットプリズン」と英語で書かれた立派なゲートが見えたので今回はカンポット駅だと分かりました。カラフルな旗がパタパタしていたので楽しげな施設だと思いきや刑務所で少し驚きました。
カンポットを出てしばらく走ると海が見えてきました!リゾート地・シアヌークビルが近づいていることが感じられます。
しかしプノンペンを出発してから既に6時間は経っています。斜向かいのボックスにいる人たちはお疲れのようで、ごろ寝してリラックスモードです。彼らがクメール語と思しき言葉で会話しているのですが、それが日本語で「あったかい」「あったかい〜」と繰り返しているように聞こえました。車内は冷房でキンキンに冷えていましたが、彼らはなんと言っていたのでしょう。
ゆっくりゆっくり走った列車は1時間遅れでシアヌークビルに到着しました。
普通シートで長距離列車なので疲れは感じましたが、冷房の効いた清潔な車内で快適に過ごすことができました。バスの方が所要時間や便数を考えると移動手段として効率が良いかもしれませんが、ゆっくり走る列車でのんびり移動も悪く無いですよ。
ここで注意!なのですが、シアヌークビル駅前にいるトゥクトゥクは早い者勝ちです。
私はここで競争に敗れて、この旅初めてのバイクタクシー(バイクに二人乗りするタクシー)を利用しました。何かあったら怖いと思ってこれまで避けていたんです。しかしかなり郊外にある鉄道駅から町の中心部へ行くには、このバイクタクシーに乗らないわけにはいかず…。運転手のオジサンはヘルメットを被っていたので、「私にもヘルメット寄越せ〜」と要求すると「ヘルメット?なくても大丈夫だよ!」 と言われて、ノーヘル2ケツで移動しましたとさ。
★余談
シアヌークビルで1週間ほど海リゾートを満喫してから、アンコールワットを見るためにシェムリアップへ移動しました。
シアヌークビル〜シェムリアップは鉄道が無いので「スリーピングバス」なる夜行バスを利用したのですが、1つのベッドに知らない人と相席ならぬ相寝?するスタイルでした。私は細身の女の子とペアだったのですが後日同じルートでバスを利用した人から話を聞いたところ、組み合わせに特に配慮は無いので女性と大柄な男性でセットにされる場合もあるそうです。そうなるとなかなかキツい人もいると思うので、別の手段を選んでもいいかもしれません。
■イラン
イランの首都であるテヘランから、南西部の都市シーラーズまでを鉄道で移動しました。今回も例によって寝台列車での移動です。シーラーズには有名なピンクモスクがあり、絶対に1度は行ってみたいと思っていたのです。
その後シーラーズ以外の都市も数カ所回ったのですが、時間の兼ね合いで他は全て長距離バスを利用しました(イランの長距離バスは安価なうえに本数も多くて便利!)
いざ、テヘラン鉄道駅です。
切符は前日のうちに購入しました。いつもならネット予約or鉄道駅で直接購入するところですが、偶然知り合ったイラン人に誘われて参加した「ツーリスト・フェスティバル」なる催し物(ビッグサイトのような展示場で交通機関や旅行代理店が凝ったブースを出す大規模イベント)に出店していたイラン鉄道ブースで切符の予約ができました。
このツーリスト・フェスティバルとっても楽しかったです。華やかな民族衣装を身につけた人たちが歌ったり踊ったり、伝統的な家の実物展示があったり。なかなか盛大なイベントだったので、機会があればその記事も書きたいです。
イラン鉄道のブースで貰ったグッズだけ自慢させてください。
写真集のようなものと、パスポート風のメモ帳。隣国との国境を跨ぐ列車も走っているので、そのアピールでしょうか。このメモ帳がなかなかお気に入りです。
駅の話に戻ります。構内の大きなモニュメントの下に列車の案内が出ていますが、 全てペルシャ語なので読めません。イランでは時刻、日付、値段など日常で使う数字も基本的にペルシャ数字です。買い物をする時に困るので旅行中はペルシャ数字を頑張って覚えていました。今はサッパリ忘れてしまいましたが、形が桃みたいで可愛かったので 5=۵ なことだけは覚えています!
案内してもらい、ホームに降ります。
そして本日のお宿こと、コンパートメントです。今回も扉つき4人部屋です。正確な値段は忘れてしまいましたが、当時の日記帳に「日本円で2,700円くらい」というメモが残っていました。
写真がうまく撮れずわかりづらいのですが、背もたれの部分をグイっと上に持ち上げると2段ベッドに変形するトランスフォーム型ベッドです。
テレビ画面つきでお菓子やお水、紅茶まで用意してあります。イスラムのおもてなし精神の現れなのか、その後頻繁に利用した高速バスでも大量のお菓子や飲み物は必ずついてきました。
列車は出発して早々に街を抜け、だだっ広い荒野の中を走っていきます。
お腹が空いていたので、さっそく食堂車を目指します。
「食堂車のチキンケバブが美味しい」と聞いていたのでそれを注文。なかなか美味しかったです。オレンジ色の飲み物はイラン名物「ザムザム・ファンタ」です。イランではアメリカ企業の商品は扱えないため、コカコーラ社のファンタの代替品として登場した品らしいです。ザムザム・コーラやザムザム・スプライトも存在します。お味は本家ファンタと変わらないように思えました。寝台列車にはビールがマスト!でやらせて頂いておりましたが、当然イランはアルコールNGなので今宵はザムザムファンタが相棒です。
注文を受けてくれた乗務員さんがとてもフレンドリーな人で、食堂車には私だけだったのでしばらくおしゃべりしてました。私が日本人と聞くと「日本いいね〜。テヘランは世界イチの都市、東京は2番、3番はシーラーズ!!」とのこと。トークもバッチリですね〜。
お腹も満たされたのでコンパートメントへ戻ります。
ご存知の通りイランはイスラム教を重視している国なので、路線バスも地下鉄も基本的には男女で席が分けられています。当然コンパートメントも女性席で、私以外はみんなイラン人女性でした。20歳前後の大学生の女の子2人と、「おしんは最高のドラマだ」という30代女性、そして私、というメンツ。(おしんが好きなイラン人は多い)
お互いの自己紹介をして皆すぐに打ち解けて、その後はワイワイ楽しく過ごしました。
イラン人の中に謎の日本人ツーリストが紛れ込んでいる状況にも関わらず皆さんとても親切にしてくれました。イラン国内ではBooking.comやAgoda等の予約サイトが使えずシーラーズのホテルを取っていなかった私のために国内予約サイトでホテルを探してくれたり(結局サイトがペルシャ語しか対応していなくて断念)、持ち込んだ手作りご飯やフルーツを振る舞ってくれたり。
寝台列車に食事をたっぷり持ち込むのは当たり前のことのようです。それと食器も。大学生の子に「マイスプーンは持ってる?」と当然のように聞かれました。マイスプーン。貸してくれました。チキンライスにヨーグルトかけて食べる料理のお裾分けで、なかなか慣れないお味で感想が表情に出てしまったのですが、それも笑ってくれました。ありがとう。
そして次第に話題は恋バナに。わたくし、万国共通で一番確実に盛り上がれる話題は恋バナだと確信しております。男女が厳格に隔てられた生活を送っているイメージだったのですがちゃんと抜け道はあるようで、みんなボーイフレンドやフィアンセがいるとのこと。どこの国でも楽しげな恋バナを聞いているとニヤニヤしてしまうものです。
話の流れで社会人女性に「あなたは仏教徒?」と尋ねられて、そうだよと答えたら更に「仏教は好き?」と聞かれ、特に信仰心が強いわけでもないので「嫌いではないし、好きでもない。」と答えたら「なんで?!」という。なんでと言われてもな〜…と答えに困っていたら、「私はイスラムは好きじゃない。イラン政府が好きじゃない。イラン革命以来、女性はヒジャブ(スカーフ)の着用を義務付けられていて本当にいやだ。私たちは自由がほしい!」と。強い思いの籠もった口調でした。
彼女曰く、髪の毛を隠す布は夏場も勿論被る必要があり、被らずに外に出たら風紀警察に取り締まりにあうこともあるそうです。イランでは髪の毛隠さなきゃね!と、それ以上は何も考えずスカーフを被って旅行していましたが、全員が全員被りたくてスカーフを被っているわけではないのです。国家と個人が同じ方向を向いているとは限らないというめちゃめちゃ当たり前のことをここでやっと実感しました。
コンパートメントの中は女性だけなので皆スカーフを外していたのですが、男性乗務員が用があってドアをノックすると皆「ヤバイヤバイ(笑)」と言いながら慌ててスカーフを被るのが修学旅行で先生が部屋に来て寝たフリをする学生みたいで内心少し楽しかったです。その後乗務員は何度かやってきて、2回目以降はもう面倒になったのか私以外は被らなくなっていましたが。(上の話と矛盾するようですが、場所によっては人前でスカーフを外してても案外大ごとにはならないです)
この乗務員さんも笑顔が素敵な親切な人で、言葉はわかりませんが恐らくスカーフをかぶらないことを咎めたりはしていないようでした。それでも「旅行者がナメた真似してはいけないのでは…」と不安で1人だけ律儀にスカーフを被っていたら女性陣から「イスラム教徒3人が被ってないのになんで仏教徒がヒジャブを被っているんだ笑」と爆笑をいただきました。
そんな楽しい夜を過ごして夜も更けてきたところでシートをトランスフォームさせてベッドを作り出し、気持ちよく眠りにつきました。そして翌朝6時半頃、定刻よりも30分も早くシーラーズ鉄道駅へ到着しました。
下車時に見回り先生こと乗務員さんが「君たち、この日本人のことちょっと面倒見てやって」とお世話を焼いてくれて、一緒のコンパートメントだった大学生の子が町の中心地までタクシー相乗りしてくれました。最後までお世話になりっぱなしでしたが、ワイワイ過ごした楽しい鉄道旅になりました。
★余談
シーラーズではずっと見たかったピンクモスクに訪れることができました。カラフルなステンドグラスの光が美しくて、本当にきれいでしたよ!
また長くなってしまいました。
次回はコーカサス地方-前編-です。