生活的答案

ブログタイトル変えました

タクシー事件inバンコク

 

事件が起こったのは、タイの首都バンコクにある現代美術館を見た帰りのことでした。

当時(2018年初頭)は現在の美術館の最寄駅がまだ完成していなかったため、行きは比較的近いA駅からタクシーを拾ってアクセスしました。そのため、帰りも同じようにタクシーでA駅まで向かおうと美術館の敷地内にあるタクシー乗り場でスタッフに「A駅まで行きたいです」とお願いしてタクシーを停めてもらいました。停めてくれたのはバンコクでよく見るショッキングピンク色のタクシーで、大手会社なので安心して乗り込みました。

美術館スタッフの方が運転手に「A駅まで」と伝えてくれていましたが、乗車後すぐに手前にあるB駅の方が帰り道が楽だと気が付いて「行き先をB駅に変更できますか」と聞いたら「ダメだ」とのこと。

もうA駅と伝えてしまったから仕方ないのかな?と思い「じゃあ大丈夫です」と言いましたが、後から思えばこの時点でちょっと何かがおかしかったのかもしれません。でもショッキングピンク色のタクシーならバンコクで大手のタクシー会社ですし、特に気にせずにいました。

 

美術館の近くではスカイトレインという高架鉄道の駅が建設中で、タクシーの窓からもよく見えます。「これが完成したらもっと美術館へのアクセスが良くなるな〜」と思い、なんとなく駅の建設現場の風景を写真撮影しました。すると次の瞬間ドライバーが

 

「カメラ!○×*△@■!!!(たぶんタイ語

と怒鳴り出しました。

 

えっ!?と思いましたが、自分の写真を勝手に撮られたと勘違いしたのかな?と思いカメラをプレビューモードにして「あなたを撮ったわけじゃないですよ」と見せたら、

ドライバーがカメラを鷲掴みして奪い取り、運転席の窓を開いてカメラを外に投げようとしました。

 

( ゚д゚)!!!!??!??!??

 

一瞬の出来事で何がなんだか分からずパニックになりましたが、カメラを投げられるのだけは勘弁!!!!!!と思いとりあえず慌てて制止してカメラを奪い返します。しかしドライバーは目をギラギラさせて興奮状態でタイ語と思しき言葉を叫び続けます。

 

「だから!あんたの写真撮ったわけじゃない!!!!」と何度言っても「○×*△@■!!!!カメラ!!○×*△@■!!!!!」と怒鳴り散らすだけで話になりません。「外の景色を撮っただけだ!」「カメラ!!○×*△@■!!!」「何か勘違いしてるんじゃないのか!」「@☆○!×*△@■〜〜〜!!!!」といった具合で話はずっと平行線です。

 

お笑い芸人の平井“ファラオ”光に似ているドライバーは目を血走らせたまま大声で怒鳴り続けています。言い合いを続けているうちに状況のヤバさに対して現実感が無くなって感覚がフワフワしてきて、なんでこんなことになったんだろう(泣)とただ泣きたい気持ちでした。どう考えても自分は悪くないと思い必死に言い返し続けていましたが、知らん男に密室でずっと怒鳴られ続けるのは想像以上に恐怖で、私ここで死ぬのか…?と本気で思いました。

 

しばらく言い合いを続けていると、ドライバーが幹線道路の路肩(もちろん目的地ではない)で突然車を停めました。歩行者はいなくて車とバイクだけがビュンビュン走っている太い道路です。いやどこだよここ!!と思いましたが、誰もいない場所に連れて行かれて殺されることも考えていたので比較的交通量のある道路だったのは不幸中の幸いでした。怒り任せて適当な路肩に停めたような様子だったので、もしも言い争いの中でこちらから「降ろせ!」とか言っていたら逆に降ろしてくれなかった気もします。

 

車の外に出ると、ドライバーは叫びながら殴るポーズで詰め寄ってきました。殴られてはいません。殴るポーズで脅かす形です。さっきからカメラ投げ捨てそうで投げ捨てないし、殴りそうで殴らないという絶妙に理性があるのか無いのかよくわからない行動を見せてきます。でも殴るポーズで威嚇してくるファラオは普通にめちゃくちゃ怖いです。

その間もドライバーはずっと「カメラをよこせ!!!」みたいなことを恐らく言ってる様子だったのですが道路のそばにはドブ川が流れており、今カメラを渡したら今度こそ川に投げ捨てられそうです。そこで数日分の写真データのことは諦めてSDカードだけ抜いて「もうこれあげるから…」と渡したのですが、ファラオは納得しません。そこで改めてカメラをプレビューモードにして、中に入っている写真全てを順に再生して見せることにしました。

さっき食べた美味しかったアイスクリーム、遺跡でポーズを撮る自分、海での呑気な自撮り……近い将来に道端で震えながらファラオと揉めることなど知らずに旅行をエンジョイしている自分を見てなんだか泣きたくなりました。

数百枚にのぼる写真全てを見せると、ドライバーはやっと自分の勘違いに気づいた様子で運転席に戻りました。私も一度荷物を取りに車内に入りましたが、もちろん目的地まで乗り続けるつもりはありません。しかし「もうここで降りる!」と言ってもドライバーはなぜか「だめだ!!!!」と言って聞かず、またそこで少し言い合いになりました。最終的に現時点までのメーターの額を置いて車から離れましたが、ドライバーはまだ納得してない様子でワーワー言っています。

しかし交通量の多い道路で揉めていた我々は目立っていたようで、他のタクシードライバーやバイク運転手たち数名が「どうしたどうした」と集まっていました。彼らの視線が痛かったのか、しばらくするとタクシーは走り去っていきました。

 

タクシーが去ると、緊張が解けてスー……と涙が溢れてきました。こんな涙の流れ方は初めてでした。涙を流して突っ立っていると、集まっていた人々の中の1人が「ポリスに通報したほうがいい」と言って警察と繋がっていると思しき携帯電話を手渡してきました。この段階では「警察へ連絡」なんて考えてなくて、とにかく早く安全な場所で落ち着きたい気持ちでいっぱいだったうえ、そもそも自分でも状況が飲み込めていなかったのもあり警察に上手に説明できませんでした。

それでも集まった人々が「もう大丈夫だからね〜」と励ましてくれて、少しずつ落ち着いてきました。そして改めて「警察署へ行こう」と言われ、確かに結果的にカメラは無事だし殴られてもいないけど、今後運悪くファラオのタクシーに当たって同じ思いをする人を生まないためにも警察に通報はすべきだと思えてきました。

「ありがとうございます…警察行きます…。でもあのタクシーのドライバーの名前も車のナンバーも覚えてないです…😭」と半泣きで言うと、先ほど携帯電話を手渡してくれた男性が

「ナンバーならメモしてあるから大丈夫だ!!👍」と言って、ナンバープレートを控えたメモ用紙を見せてくれました。

 

Good Jobすぎる。゚(゚´Д`゚)゚。

 

メモにはあのタクシーのナンバーだけでなく、何かあったら証言できるからと集まっていた人々の電話番号まで書いてくれていました。その中の1人のタクシードライバー・Iさんが「警察署まで乗せていくよ」と言ってくれたのでお願いすることにしました。Iさんは警察署へ向かうまでの間も「もう大丈夫だよ〜」「水いる?」「カメラが無事でも警察へ行くのは何もおかしいことじゃない。悪いドライバーはカットされるべきだからね」とひたすら気遣ってくださり、ズタボロにやられていたメンタルに優しさが沁みました。頭が上がりません。警察署へは数分で着いたのですが、そこだと管轄外か何かだったようで、受付で人質丸雄一みたいなポーズをしてリラックスしている警察官に「ここじゃ受け付けないんですわ〜」と緩い対応で追い返されてしまいました。 

しかしIさんは嫌な顔ひとつせずに少し離れた所にある別の警察署まで連れていってくれて、警察への説明にも同席してサポートしてくれました。結局のところカメラも自分自身も無事だったのでたどたどしい説明にはなってしまったのですが、 無事にポリスレポートを書いてもらうことができました。

 

警察署からの最寄駅までIさんのタクシーで送ってもらったのですが、その途中でIさんが急ブレーキを踏みました。何かと思ったら目の前を走ってた車が追突事故を起こしていました。これにはIさんも「You are bad day!」と笑っていました。思えばファラオのタクシーだって美術館の方に停めてもらったタクシーが偶然やばかったことがキッカケなのですから、今日は見事なまでの厄日です。

駅に着いたので事件現場から此処までの代金を払おうとしたのですが、断固として受け取ってもらえませんでした。仕事中に何時間も付き合わせてしまったのに…。そのうえ、ショッキングピンクのタクシー会社にも今回のことは報告するとまで言ってくれました(ちなみにIさんはグリーンの車体のタクシー会社)。

Iさんをはじめ、あの現場で集まってくれた皆さんには感謝してもしきれません。

 

当たり前のことですが、本当に最悪な奴もいれば、本当に優しい人もいるものです。先ほど厄日と書きましたが、すばらしい人たちとの出会いもありました。両極端な感情を味わう不思議な日でした。

 

ホテルに帰ってからは、ショックと疲れでぼんやりしていました。ひたすら横になって気持ちを落ち着けていたのですが、日が暮れる頃になると元気が戻ってきたのか「こんな気分のまま今日を終えるのはファラオに負かされたようでなんか嫌だ」という気持ちが沸々とわいてきて、トレインマーケットへ遊びに行きました。その道中も街中でピンクのタクシーを見るたびにビクビクしてしまいましたが、有名な上から見下ろしたテント群がとっても綺麗で癒されました。

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車関係のトラブルがあったら

・ナンバーをメモ!

・今後のためにも警察へ通報!

というのは行うべきだとは思うのですが、当事者になってみるとメモをする余裕なんてなかったし、私の場合は通報よりも「早くここから離れて落ち着きたい」という気持ちでいっぱいでそれどころではありませんでした。

あと海外旅行の注意情報をまとめたサイトなどで「タクシーに乗ったら車内にある運転手情報の写真を撮るとトラブルの抑止に繋がる」というのをよく見るのですが、それもケースバイケースだなと思いました。そして1人で旅行するというのは気を引き締める必要があると改めて考えさせられました。何かの参考になるような記事ではありませんが、これを読んだ皆さんのこれからの旅が安全で楽しいものとなるよう祈っています。

いろんな国の鉄道乗車記録 その5・終(ウクライナ・ポーランド編)

長々と書いてきた乗車記録ブログですが、今回で最後となります。

 

ウクライナ

移動区間オデッサリヴィウ

ウクライナ南部の港町オデッサから西部の都市リヴィウまでを寝台列車で移動しました。オデッサまでの道のりについては前回の記事をどうぞ。

 

まずはオデッサ駅へ、予約してある今晩発の切符の引き換えに向かいます。時刻はお昼頃でしたがあいにくのお天気でモヤがかかっていて、少しおどろおどろしさがあります。

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オデッサ

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オデッサ駅構内。ドーム状の天井がおしゃれ

 

窓口で無事切符を引き換えることができました。リヴィウまでで229フリヴニャ(≒928円)。安いです。

荷物預かり所がプラットフォームの中にあるとのことなので行ってみます。

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ホームがたくさん。広告もたくさん。

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ちょうど列車が到着しました

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無骨でかっこいいですね

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ホーム側から駅を見てみる

ホームの端に倉庫のようになっているスペースがあって、そこで荷物を預かってもらいます。荷物2点で54フリヴニャ(≒215円)でした。

 

荷物も預けたところでオデッサの街歩きです。駅前にはレトロな車体のトラムが走っていました。オデッサの街中にはトラム用の電線が走っています。

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味のあるトラム

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トラム用の電線が伸びる

 

さてオデッサの街なのですが、コーカサス3国では結構見かけた野良犬が少なくてビビリな私には嬉しかったです。ただ、謎の言葉を叫んでる人がいたり明らかに何かの中毒っぽい挙動のおじさんが駅前を闊歩していたりと、あまり治安が良い印象を受けませんでした。夏場はバカンスの地として人気の街らしいので、季節が違えばまた違うのかもしれません。

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謎のキャラクターが交差点の真ん中で交通整備をしていました


とはいえオデッサには有名なポチョムキンの階段(実はよく知らない)等、観光する場所もあります。少しずつ天気も回復してきたのでカフェでテイクアウトしたおしゃれなコーヒー片手に散策を楽しみました。
 

夜になったので駅まで戻ります。発車まで少し時間があったので駅前のコーヒー店で一服して、帰りに列車で食べるサンドイッチをテイクアウト。

預けていた荷物を引き取ってホームへ行くと、青いボディに黄色いラインの列車が停まっていました。ウクライナの国旗カラーですね。

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今日の寝台列車

 

 

入り口で切符を見せて乗り込みます。今までに見なかった方向性にレトロな車内です。椅子が畳まれた状態になっているのも初体験です。

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レトロな車内

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ライトめっちゃ光る

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床はなんとカーペット仕様

いい部屋ですね〜と眺めつつも、実はこの時前回の記事で書いた肌トラブルが最大級に悪化していて、体が赤くなってかゆくて痛くて仕方ない状態でした。バックパックを背負うだけで背中の皮膚がヒーヒー悲鳴をあげます。そしてこれまでは体だけだったのが、ついに顔まで症状が出始めていました。

 

ちなみに同じコンパートメントはウクライナ人男性1人でした。オデッサに家族と一緒に住んでいて、仕事でリヴィウの先の街までへ行くところらしいです。

 

列車は定刻21:17の2分前に発車しました。そういうパターンもあるのか。

検札がきたのでついでにリヴィウの到着時間を改めて確認して、ささっとベッドメイキング。もう慣れたものです。あとは夜のウクライナの車窓を楽しむ……なんて余裕はありません。もう景色を見るどころじゃないレベルで肌が痛痒くて、寝転がるだけで背中が!!いたーい!!!うわあああ〜〜〜!!!!!という感じ。もう耐えられない!と思い、リヴィウに着いたら絶対病院に行こう。と決めました。行くぞ病院。決めた。決めたぞ!!!!!という感じで無理やり眠りにつきました。

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いつもの晩酌をする気力もなく、夕食はサンドイッチで済ませる

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リネン。のたうちまわっていたため、これくらいしか写真が残っていない

 

 

翌朝、目が覚めたら外はすでに明るくなっていました。わりとしっかり眠れましたが、起きてもなお、かゆい&痛い。

 

 

洗面台で顔を洗おうとしたのですが水が出なかったので、リネンと一緒に配られたタオルにペットボトル水を染み込ませて顔を拭きます。たっぷり水を吸い込ませたタオルを患部にあてると、少し楽になったような気になります。「かゆみから意識をそらすんだ・・・」と思い、Hey!Say!JUMPのアルバムを聴きながらグーグル翻訳で病院に持っていく症状を伝えるメモを作ってみました。再翻訳してみると意味不明な文章になっていたりと不安要素もありますが、そこは仕方ありません。補足として患部を示すイラストも入れてみました。そして「皮膚科」「clinic」「hospital」などのワードでオフラインマップで検索しまくります。

とにかく意識をそらすことに集中したら不思議と少しはマシになったような気はしました。いや、かゆいけども。

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起きると外は明るかった

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水道は出ませんでしたが給湯器はあります

 

9時半過ぎ、リヴィウ駅には定刻に到着しました。オデッサ駅もそうでしたが、ウクライナの駅舎には地名ではなく「駅舎」を意味する「вокзала」という言葉が掲げてあります。

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リヴィウ駅のホーム

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乗ってきた列車

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屋根がある部分のホーム。ヨーロッパの駅という感じ。

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リヴィウ駅正面(後日撮影)

 

いつものことですが、駅は街の中心地から外れた場所にありました。市街地へ出るにはトラムで移動する必要があったので、駅前に停車していたトラムに乗り込んで「市街地へ行くトラムはどれですか?」と尋ねると英語のわかる人が周りに聞いてくれて、現地在住らしきご婦人が「9番だよ」と教えてくれました。

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駅前を走るトラム

9番の乗り場を見つけてしばらく待っているとトラムがやってきたのですが、これが超満員。前方の運転手に乗車賃を渡す必要があるのに後方から乗り込んでしまい、東京の通勤ラッシュ並みのギュウギュウでとてもそこまで動けません。どうすればいいんだ!と思っていたら、同じく後ろの方に乗った人が前の人へお金を手渡してバケツリレーのように乗車賃を前方に送り出していました。そして今度は前方から乗車チケットが同じようにリレー形式で帰ってきます。すごいシステムです。私も乗車賃リレーに参加しましたしたが、これ途中で誰かが自分のものにしたりとか無いのでしょうか。善意を信じるシステムで成り立っているの、すごいです。

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リレーで運ばれてきた、すてきなデザインの乗車券

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この可愛い機械に乗車券を挟んでレバーを引けば乗車手続き完了です。

そんなこんなで無事に市街地まで到着。満員トラムから吐き出されるように下車しました。

目星をつけていたホテルへ向かいます。まだチェックイン開始前だったのですがご好意で共有部分を使わせてくれました。そして皮膚科の情報を鬼サーチです。しかし見つかる情報は首都キエフのことばかりで、リヴィウの皮膚科情報になかなか着けません。

そこで病院は諦めて、トラムの中から街中に薬局がたくさんあるのは確認していたので薬局へ行くことに。ホテルのスタッフに列車で作成したメモを見せておすすめの薬局を聞いたら、ここから近い2店舗を教えてくれました。

 

さっそく現場まで行ってみると、1つはいかにも頼りになりそうな歴史ある雰囲気の薬局。なかなか混んでるので評判の良い薬局なのかもしれません。一応もう1つの薬局も行ってみたら、こちらはドラッグストアのような現代的な雰囲気。どうしようかなと思っているとすぐにスタッフが声をかけてきたので例のメモを見せるとササっと塗り薬と飲み薬が処方されました。パッケージに虫の絵があったので、虫刺されではないぞ?とどうにか伝えようと荒れた首元をチラッと見せたりするも、「おkおk!大丈夫!」という感じ。それならば…とお会計。合わせて134フリヴニャ(≒534円)。

飲み薬の飲み方はメモに書いてもらい、あとでホテルのスタッフさんに翻訳してもらったところ1日1錠とのこと。空腹時とか満腹時とかは分からなかったので、勘で満腹のときに飲むことに。

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薬を買った薬局

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症状を訴えるメモ&塗り薬、飲み薬

で、この塗り薬がめちゃめちゃ効きました

塗ってわりとすぐに痒み&痛みが穏やかになりました。一体なにが入っているんだろう。強力なステロイドとかだろうか…。とはいえ効果は抜群だったので、リヴィウを離れる前に塗り薬のほうはおかわりしてしまいました。

 

残念ながら寝台列車の記憶はほぼありませんが、肌トラブルも落ち着いてハッピー気分でリヴィウの街を楽しむことができました。リヴィウは可愛らしい街並みを楽しめるし、何よりご飯が美味しい!本場のボルシチ最高でした。物価も安いので旅行には良い街だと思います。そして頼れる薬局もあります。

 

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リヴィウではトラムが大活躍

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可愛らしいリヴィウの街並み。道路にはトラムが走るレールが。

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偶然にもリヴィウには薬局博物館もあります

コーカサス編から繋がりのある話はここまでになります。)

 

 

 

 

ポーランド

移動区間オシフィエンチム駅〜クラクフ

オシフィエンチムポーランド南部にある都市です。オシフィエンチムをドイツ語読みするとアウシュヴィッツとなります。その名から分かる通り、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に一番近い駅がこのオシフィエンチム駅です。強制収容所を見学した後、宿のあるクラクフまで鉄道を利用して帰りました。

 

ビルケナウ強制収容所を見学後、オシフィエンチム駅まで歩きました。道路の横には駅から収容所への引込み線が伸びています。現在は途中で途切れていますが、かつてはオシフィエンチム駅から収容所内までが繋がっており、収容された人々を死の門へと運んでいたそうです。私はこれから列車に乗って帰ることができますが、それが叶わなかった大勢の人たちのことを考えてしまいます。

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道路の隣に収容所へ続く線路がある

 

15分ほど歩いて、オシフィエンチム駅に着きました。駅舎は大きいですが、チケットカウンターも待合室もこぢんまりとしていて田舎の駅という佇まいです。

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オシフィエンチム

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ポーランド語でOświęcim駅

窓口は空いていたので、クラクフ行きの切符をすんなりと購入することができました。料金9PLN(≒258円)。途中トシェビニャ駅で乗り換えがあり、2時間ほどの旅です。やることもないのでホームへ出てみると、石炭をたんまり積んだ列車が停まっています。これはなかなか日本じゃ見れないですね。

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石炭を運ぶ列車

列車が来ていたので乗ります。なかなかのレトロ車輌です!

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レトロな車輌

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乗ります

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14時12分発 トシェビニャ行

 

シートは古いもののクッション性があってなかなか快適です。私以外に全然乗客がいなかったので、写真をたくさん撮ってみました。

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人がいない

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ミニテーブルとミニごみ箱がいい感じです

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駅名標が見える席

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荷物置きかな

 

発車するとしばらく開けた場所を走ってから森林の中に突入しました。間近に木々が迫る車窓はこの旅では初めてかもしれません。

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開けた場所を走る

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湿地帯のような森林の中を走る

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白樺でしょうか。真っ直ぐ伸びる白い木々がきれいでした。

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座席に陽が差す

 

トシェビニャ駅に到着です。ここで乗り換えるのですが、ホーム上ではなく線路に直接降ります。そしてなんと皆で線路を横断して乗り換えホームへ!そんなのありなの?!と衝撃を受けましたが、郷に入っては郷に従えということでドキドキしながら私も横断します。

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みんなで線路を横断

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トシェビニャ駅

 

しばらくホームで待っていると乗り換えの列車がやってきました。驚くほどピカピカの車輌です。

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クラクフ行のきれいな列車

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車内もきれい

ピカピカの列車に揺られて、遅れなくクラクフ中央駅に到着しました。

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クラクフ中央駅

レトロな列車は味があって素敵だったし、森林の中を走行する列車も初めてだったので嬉しかったです。そしてグルジアもそうでしたが、区間によって車輌のランクに違いがありすぎると少し面白いです。一気にタイムスリップするような感じで。

 

 

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以上、これまで乗ったいろんな国の鉄道乗車記録でした。かなり長くなってしまいましたが読んでくださった方、本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。

この他に中国とフランスでも鉄道を利用していますが、その紹介はそれぞれの記事に任せます。

 

baobaobaozi.hatenablog.com

baobaobaozi.hatenablog.com

 

 

またいつか海外旅行に行けるようになって「その6」を書けるその日まで、さようなら〜。

いろんな国の鉄道乗車記録 その4(コーカサス地方 後編)

乗車記録ブログその4です。前回と引き続きコーカサス地方を移動します。

この記事(後編)では青色部分の移動について記します。「鉄道乗車記録」と銘打っておきながらアレなのですが、

陸部分の破線はマルシュ(小型バス)

海部分の破線はフェリー

を利用しました。その為今回の記事は鉄道成分薄めの番外編のような感じです。ご了承ください。

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移動経路。この記事では青色のルートを扱います

 

エレバントビリシ(小型バス)

移動区間エレバンアルメニア首都 )〜トビリシグルジア首都)】

エレバンから再びトビリシへ戻ります。往路と同じ寝台列車に乗って戻ろうと思っていたのですが列車は週に数本しか運行しておらず、スケジュールの都合で乗合小型バス「マルシュルートカ・通称マルシュ」を利用しました。グルジアアルメニアでよく見かける乗合バスです。大抵の場合やや大きめのワゴン車で、運転席の窓のところに行先が書かれたボードが立てかけてあります。出発時刻が決まっているものもあれば、人が集まったら出発〜という緩いスタイルのものまで様々。そして大抵運転が荒くて速い!

 

エレバン駅前からトビリシ行きのマルシュがたくさん出ていたのでそちらを利用しました。発車は朝10時くらいだったと思います。事前予約は必要ないので直接駅へ向かい、運転手に声を掛けて料金を支払って乗車します。先人の旅人からエレバン駅〜トビリシのマルシュは7,500ドラム(≒1,600円)と聞いていたのですが、まけてくれたのか何なのか7,000ドラムで大丈夫でした。うっかりしていて残りの手持ちが丁度7,000ドラムだったので助かりました。

ただ、このマルシュがなかなか厄介そうなビジュアルでした。スモークフィルムが貼られたガラスから車の中の様子はわからず、車体にはなんとも言えない趣のステッカーが大量に貼ってあります。駅前には数台のトビリシ行きマルシュが停車していたのですが丁度良い時間に出発してくれるはこの怪しげマルシュのみ。背に腹はかえられぬので乗り込みます。

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今回お世話になったイカしたボディのマルシュ

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サイドには拳銃と銃痕のシールも

 

 

マルシュには近距離移動タイプも多数あり、そちらはこれまで何度か乗った経験がありましたが基本飛ばします。コーカサス地域は全体的に山道が多いとされていますが気にせずビュンビュン走ります。

今回乗ったマルシュも例外ではなく、爆速運転でした。このまま離陸するのではという速度感とあの車体だけでも不安を煽られるのに、車内にはラブ&ピースな落書きが大量に施さています。そして音楽を爆音でガンガン鳴らすパーティースタイル。これは…!!と思いましたが、乗ってしまったものは仕方ありません。あとは無事にトビリシに着くことを神に祈るのみです。

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ラブ&ピースな車内。窓のピストルの存在感もすごい

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邪悪なバボちゃん

 

私以外の乗客は中国人の女の子二人組のみでした。寝台列車で一緒になった子も中国人でした。アルメニアは中国女子に人気の旅行先なのかもしれません。

 

 

 

走り出したマルシュは山道だろうが雪がチラつこうが飛ばします。加えてアルメニアの道路はあまり状態がよろしくなく、道の真ん中に大きな穴が開いていたりします。ですが道に穴があろうともちろん減速なし、フル加速のまま穴を器用に避けて走行します。そしてなんと峠のトンネル内では反対車線を使って前方の車を追い越すという超絶技巧も披露してくださいました。もうやめて!!!

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飛ばすぜ!

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動物も慌てて逃げる

 


そんな運転に震えていたら空に急に光が差しました。神々しい光です。そして何故かそのタイミングでそれまで車内で流れていたアゲアゲなパーティーソングが爆音のYou Raise Me Upのサビに切り替わりました。

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パアァァァと差した光

爆速カーに乗って天国へ向かっているような気分になってきました。いかついドクロが貼られた車じゃ天国側に入国拒否されそうですが。外の眩しい光から車内に目を戻せば邪悪なバボちゃんとピストルが目に入ります。なんだか笑えてきました。全部幻覚?

 

そんな運転だからか、その後パトカーに停められました。然もありなんです。

なんやかんやでイミグレーションまで辿り着きました。アッサリした出入国審査を終えて帰ってきたパスポートを見ると、カワイイと思っていたグルジア出国時の列車スタンプの上にアルメニアの出国スタンプが重ねられていました。ガーン。

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途中にあったアルメニア国旗に塗られた巨岩

 

国境を越えてグルジア側に入ると、明らかに道路状況がよくなりました。アルメニアのような回避しなければならない道の中央にデンとある大穴がありません。そして事故もなく無事に夕方にはトビリシに到着することができました。寝台列車と変わらない金額でアルメニアグルジア間を早く移動できるのでマルシュを利用する人が多いのは理解できましたが、あのスリルと天秤に掛けてどちらを取るかという感じです。

 

 

 

 

グルジア(国内移動)

移動区間トビリシ〜バトゥミ

トビリシで数日過ごしてから、沿岸部の街「バトゥミ」まで一気に移動しました。当初満席で列車のチケットが取れず、仕方なくこの区間もマルシュで移動しようとしていたのですが当日ダメ元で再度切符窓口へ行ったらキャンセルが出ていたようで切符を買うことができました。やったね!お値段19ラリ(≒870円)

ここまで古い車輌や謎マルシュばかり紹介してきましたが、今回はピカピカの新型車輌での快適な鉄道旅となりました。

 

 

ホームに列車が入ってきました。ピカピカの二階建て車輌です!車体にはグルジアの国旗が大きくペイントされています。

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ピカピカの車輌!

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国旗ドーン!

 

さっそく乗り込むと、車内も期待通りのピカピカ車輌!なんだか急に現代に来た感じです。それにしても寝台列車たちとはえらい違いです。

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ピカピカの車内

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飛行機のような柄の座席

 

席はおそらく全席指定で、私の席は4人掛けのボックス型になっていました。しばらくしたら10代半ばくらいの女の子3人組がやって来て、お友達同士のお出かけに割り込む感じになってしまいなんだか申し訳ない。この子たちとも軽くお菓子の交換会などをしました。海外で鉄道を利用すると人との触れ合いが発生しがちでありがたいです。

そして驚くなかれ、この列車なんとWi-Fiつきです。とはいえ繋がるのはトビリシ駅周辺だけだろうな〜と思っていたのですが、山岳部の「ここはさすがに使えないっしょ〜」という感じの場所でも問題なく使えました。すごい!

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快適な車内でみなさんリラックス

 

発車してすぐに、鉄道の墓場ゾーンを通りました。アゼルバイジャンからグルジア入国時にも見かけた光景ですが、方向が違うのでまた別の墓場ゾーンということです。グルジアの鉄道は車輌放置しがちなのでしょうか。

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野晒しの車輌たち①

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野晒しの車輌たち②

 

列車はすぐに街を抜けて、川沿いをぐんぐん走り、広い草原(今は枯れてるけど)を走り…。

少ない数ですがこれまで乗った各地の鉄道はだいたいそんな感じで最初は街中を走ってしばらくすると自然の中に入っていきます。こうしてみていると、どこまで走ってもひたすら線路沿いに建物があり人がいる中国は例外的だよなあと感じます。チベットとかへ行けば違うのかもしれませんが。

 

以下、車窓コレクションです。

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高さの揃った山々

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途中見えた大きい水門

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煙突から煙が出ている家が多い。そして右奥にカラフルな貨物列車が走っている


 

写真は撮れなかったのですが、途中の山の中にポツンとある駅の駅舎の横によく肥えた鶏が数羽いるのが見えました。駅で鳥を飼ってるのでしょうか。そしてベトナムの鉄道でも思いましたが、山中にぽつんとあるような信号場で働いている人が良い表情をしているとなんだかホッとします。

 

以下、駅コレクションです。

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TSIPA駅。よく見ると脆そうなバルコニーに大人が2人も乗っていて少し怖い。

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KHARAGAULI駅。ピンクの可愛い駅舎。

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KOBULETI駅。プールっぽい。

 

なんだか可愛らしい駅が多いです。車窓から見える家々の構造も凝ったアーチが連なっていたり、天井からレースのような繊細な造形物が取り付けられていたりと見ていて飽きないです。

 

 

海沿いに出ました。遠くにバトゥミの街が見えます。トビリシ方面は晴れていましたが、バトゥミに近づくにつれて雨模様になってきました。

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遠くにバトゥミのビル群が

 

定刻より20分ほど遅れて、13:20にバトゥミ中央駅に到着です。

駅はバトゥミの市街地からは4キロ程離れた郊外にあるため、ホームに降りるとタクシーの客引きの嵐です。試しに1人に市街地までの値段を聞くと10ラリとのこと。高いのか安いのか分からず外に出て、道端で声をかけてきた適当なタクシーに乗ったところ3ラリでした。10ラリは吹っかけていたようですが、このタクシーの運転手は下心を見せてくるタイプの運転手だったので疲れました。女性一人旅とタクシーはどうしても相性が良くありません。この旅行ではタクシーにまつわる色んな事件があったので、機会があればそれもブログに書けたらな〜と思います。

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バトゥミ中央駅

 

 

 

 

 

グルジアウクライナ(フェリー)

移動区間【バトゥミ(グルジア)〜オデッサウクライナ

黒海を横断するフェリーでグルジアからウクライナへ移動した際の記録です。バトゥミに来たのもそのためでした。利用したのはUKR Ferryというウクライナの会社がバトゥミ(グルジア)⇄オデッサウクライナ)間で運行している定期船です。所要時間は2,3日〜とされています。曖昧なのは天候次第で大幅な遅延も有り得るからです。

元々コーカサスのあとはヨーロッパ方面へ行く予定ではありましたが、当初はこのフェリーを利用する予定はありませんでした。しかしグルジアで出会った旅人数名が口を揃えて「あのフェリーはいいぞ!」「天気がいいとイルカが見れる!」「ご飯がすごくおいしい!」と絶賛。ある人は「あの船は面白い。決められた同じ座席、決められた同じ時間、決められた同じメンバーで毎回食事をする。極めてソビエト」とも言っていました。そうまで言われるとどんなものか気になってしまい、私も乗船してみることにしました。

 

ただ、黒海横断フェリー乗船までの道のりは過酷でした。

まずホームページに記載されている運行スケジュールがコロコロコロコロ変わります。船なので天候の影響が大きいので仕方ないのですが、本当にコロコロ変わります。乗りたかった船の出発日が数日後に変わったと思えば、今度は逆に少し早まったり。とにかくこまめに運行スケジュールをチェックする必要があります。

 

そして予約も大変でした。知り合ったフェリー乗船経験者はウクライナ側から乗った人ばかりでグルジア発の予約方法が分からなかったため、まずサイトに記載されたフェリーの予約管理を行っている会社のメールアドレスに「この日の便を予約したい」と連絡。しばらくすると返信があり、必要書類を送ったりして順調にことが進んでいると思っているとまた運行スケジュールが変更されていたりします。そのスケジュールを再度問い合わせたりしてダラダラとメールのラリーが続きます。そのやりとりもスムーズに行けばいいのですが、グルジアの国民性なのか(はたまた日本人の私がサービスを求めすぎなのか)返信は基本ラフでルーズです。催促しないと全然連絡が来ないこともざらです。「送ったメール見てくれましたか?返信ください!」と根気強く行く必要があります。

 

紆余曲折あって、直接予約管理事務所トビリシ支店のオフィスへ向かうことになりました。 最初にメールをしてから既に2週間ほど経過しています。

事前に聞いていた住所と同じ番地の建物がなぜかたくさんあって迷ったいましたがなんとか辿り着きました。オフィスはやや古い雑居ビルの5階にありました。中に入ると正面の椅子にずっとメールでやりとりしていたニノという女性が座っていて、「○○(名前)だね?」と言われました。そうです○○です。やっと会えましたね。ちなみに「ニノ」という名前は、グルジア女性で圧倒的に多い名前らしいです。グルジアに初めてキリスト教を伝えた聖ニノに由来します。ニノさん、メールの返信はかなりラフでしたが会ってみると意外にも生真面目そうな雰囲気の方でした。

さくさくっと書類を作ってくれて「これを持ってこの近くにある銀行で乗船料を振り込んで、そのレシートを持ってきて」とのこと。船代はUSドル表記ですがその日のグルジア・ラリのレートに換算して支払います。

書類を見ると金額が事前に聞いていた110USDから125USDに変わっていることに気が付きました。それを尋ねると、

「これは2人部屋の料金。でも他に利用者がいないから1人で部屋を使える。もともと希望していた4人部屋だと他の人と相部屋になるけど、そっちのがよかった?」

とのことでした。元々は寝台列車のような4ベッドタイプの部屋を希望していましたが、15ドルの違いで1人部屋なら絶対にそっちの方が良いです。ありがたく125ドル支払わせてもらいます。

 

銀行は意外と混んでいて時間はかかりましたが問題なく支払いできました。海外の銀行初体験だったのですが、日本と同じく整理番号が書かれた紙が発券されて呼ばれる形式でした。

レシートを持って再度オフィスの入っているビルへ戻ります。エレベーターに乗り込みオフィスのある5階を押しますが、ボタンが光らない。あれ?と思っているとエレベーター内の照明が落ちた。暗いエレベーターに閉じ込められて軽くパニックです。こういう時はとりあえず一番近い階のボタンを押せとどこかで聞いた記憶があったので2階のボタンを押したところ、暗いまま動き出した!のですが、どうも動いてる時間が長い……と思ったら5階で開きました。ドアが開いた先にいた中年男性がめちゃくちゃ驚いた顔をしていました。偶然この人がエレベーターを呼んでくれたおかげで外に出れたということでしょう。助かりました。それにしてもこのエレベーターはどういう仕組みだったんだろう……。

ニノは不在でしたが、先ほど「これから休憩だから帰ってきて私がいなかったらレシートは机の上においといて」と言われていたのでそのようにして、帰りはもちろん階段を使いました。

これで予約は成立しましたが、乗船前日にバトゥミにあるオフィスでチケットを受け取る必要があります。

 

↑ここまでがトビリシでの出来事です。

↓ここからがバトゥミでの話です。

 

フェリー出発地であるバトゥミに列車で到着してすぐに、予約していた明日発のフェリーチケットを引き換えに予約管理事務所バトゥミ支店へ行きました。ちなみに予約管理事務所は港ではなく街中にあります。あらかじめ今日チケットを取りにいく旨をメールしてたので、中に入ると「○○(名前)だね?」と言われた。そうです○○です。

無事チケットを受け取り、乗船する港の場所と乗船時刻を確認。いかんせん運行スケジュール自体がコロコロ変わるのでホームページに載っている乗船開始時刻も暫定的なものです。「乗船時刻については今夜22時に電話をくれ。そしたら教える」とのことで電話番号をもらいました。一応現在ホームページには翌朝6時に出航と書いてありますが、雨も降っているしまたずれ込みそうです。 

 

その後ホテルにチェックインしてからフェリーに持ち込むおやつたちを買いにスーパーへ。

現金が45ラリ(≒2,000円)残っていたので結構買えるぜ〜と調子に乗って、お気に入り板チョコ10枚(!!!)と水、ヨーグルト、サラミなどなど心の赴くままに購入したら計42.5ラリになりました。ギリギリ!

買い物を終えて外に出ると、今日が国際女性デーだからか街中に花売りがたくさん居ました。ほとんどが黄色いアヤメのような花を売っています。ちょうど先ほどイランで知り合った知人から「happy women’s day!」のメッセージを受け取って「馴染みのない記念日だけど、自分(女性)のための日だと思うと悪い気はしないぜ」と調子に乗っていたこともあり自分用に1つブーケを買ってみました。0.5ラリ。船に乗ったら部屋に飾ろう。

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どハマりしたオレンジチョコ。ビール(右のボトル)とも合う!

 

 

その後、宿に戻ってからは爆睡。22時ころに乗船時間を問い合わせるために起きました。私のSIMは期限切れだったのでフロントの人につたない英語で事情を説明して電話を貸してくれ〜と言うと、俺の携帯ではだめだからマイフレンドに頼んでみるとのこと。

しばらくするとウクライナに滞在してたことがあるというマイフレンドが現れて電話を貸してくたのですが、なかなか通じない。何度も何度もトライしていたらようやく通じて、無事に乗船時間を聞けました。「7時……いや8時でいいな、8時に港にこい」とのことでした。乗船時間は指定されましたが、出航時間は教えてもらえませんでした。そのことを宿のスタッフに告げると「それなら出航は10時か11時頃だろうね…w」と笑っていました。

マイフレンドは「ウクライナへ行くなら船よりも飛行機の方が絶対にいい」と言っていて、本当にその通りですねと思いました。スタッフの方とマイフレンドさん、とにかくありがとうございました。

 

 

 

■乗船1日目

翌朝6時半に起きて、荷物をまとめて宿を出ました。朝早いので宿スタッフさんを起こしたくなかったけど、結果起こしてしまい見送ってもらった。大変お世話になりました。

7時を過ぎてもバトゥミの街はまだ薄暗いし人も歩いていないけど、怖い雰囲気ではありませんでした。夜は雨足が強まってたけど、出る頃には小雨になっていたので良かった……と思ったけど、港に近づくにつれて本降りになってきました。ちなみに市街地から港は若干距離があるので、雨の中で海沿いを黙々歩きます。食料を買い込んで荷物が増えたので荷物を詰めた紙袋も持っていたのですが、雨に濡れて破けないか心配です。

 

ようやっとフェリーターミナルに着くと、改札のようなゲートのある小さな建物でパスポートとチケットをチェックされてます。「このままフェリーのほうへ行くように」と言われたので歩き出すも、周囲はコンテナだらけで雑然としており、乗船口らしい場所は見当たりません。ウロウロしてたらコンテナのトラック運転手たちが「あっち!あっち!」と教えてくれました。わざわざトラックから降りて「あっちにパスポートコントロールがある」と教えてくれた人もいて、礼を言ってそれらしき小屋へ行ってみるも、無人

さすがにここではないだろう…とコンテナの搬入口へ向かってみると、近くにいた係員にパスポートをチェックされて「ここを60m直進して右手のリフトにのって、7階へ!」と言われました。この搬入口から乗るようです。コンテナと壁の間のわずかな隙間を縫って歩きます。

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左がコンテナ、右が壁。その隙間を歩く

狭い隙間を歩いているとなんとなく不法侵入感があります。本当にこのまま乗っていいんだろうか…と思いつつ貨物コンテナで塞がれた道の端を進みます。「貨物輸送こそがこの船のメイン業務で、旅客輸送などお情けでしかないのだ」とでも言われているような気分です。

 

ヨロヨロ歩いていると、ついに雨に濡れた紙袋が破けました。外を歩いてるうちからやばいかなやばいかなと思っていたけれど、ついにここにきて限界がきました。それも運悪く、廃油なのか雨水なのかよくわからない水たまりの場所で…。よりによってです。散々だぜ!という気持ちで荷物を拾い集めます。拾い集めた荷物を抱えてえっちらおっちら歩いて指示通りリフトに乗り、ようやく船の中につきました。船の中は古い建物の匂いがしました。

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エレベーター。古い!

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7階を押す

ウクライナの会社が運行するフェリーなので、船内にグルジア語はありません。あるのはウクライナ語と僅かばかりの英語です。

 

ちなみに乗船時も下船時もいっぱいいっぱいすぎて、肝心なフェリー外観の写真を撮るのを忘れています。この先も港に停泊するフェリーの写真はないです。あしからず。

 

 

矢印に従って歩くとフロントに出たので、チケットとパスポートを提示してチェックイン。フロントの紳士が「JAPAN?」と聞くのでyesと答えたら「こんにちは!」と言ってくれました。疲れていましたがこれにはニッコリ。

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船のロビー。写っていないが左側にフロントがある

 

部屋はニノが言っていた通り、2人部屋を1人で使用です!やった〜。

2段ベッド、机、シャワーとトイレが備え付けです!シャワー浴び放題はかなり嬉しい!

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2人部屋を1人で使う

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シャワーとトイレもあります

 

早速お湯たっぷりのシャワーを浴びて、昨日買った花を窓際に飾って、ワインとおつまみを広げます。朝から飲むなよって話なのですが、船で優雅にワインを楽しんだ先人たちの話を聞いて宴inフェリーをずっと楽しみにしていたんです。ちなみにワインはトビリシの市場で量り売りのものを調達していました。

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窓際に花を飾った

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宴会セット。ペットボトルに入っているのは量り売りワイン

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ワインを買ったトビリシの市場の店にて。指定した量のワインをつめてくれます。

 

まだ出航していませんが、さっそく宴会開始♩と思ったら「朝食の時間です。ロビーの隣にあるレストランまで来るように」との放送が。まさか初日の朝ごはんから頂けるとは思っていませんでした。ちなみに乗船中の食事(朝昼晩)は全てチケット料金に含まれています。

さっそく食堂へ向かい、チケットに書かれた番号のテーブルに着席します。同じテーブルはウクライナ人のおじさまたちがメインでした。乗船中はずっとこのメンバーで食事をすることになります。おじさまたち、メッチャ話しかけてくるのですがウクライナ語で全然わかりません。

学生時代のことですが、第二外国語で履修したかった中国語と韓国語が人気すぎたために第三希望として「なんかかっこいいから」とノリで書いたロシア語を取るはめになってしまい泣きながら履修していました。ウクライナ語もロシア語と同じキリル文字だし、もしかしたら通じるかも?と思い記憶の彼方にあった「私は日本人です」「あなたはウクライナ在住ですか?」くらいの簡単なロシア語をかたことで喋ったら通じました。時を経てロシア語が意外なところで役に立ちました。

 

ご飯は既に配膳されており、スープのみ自分でよそう形式です。朝ごはんはソーセージとスクランブルエッグとポテトのポタージュのようなもの。このポタージュが意外と甘い味付けでした。

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朝ごはん

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紅茶やビスケットもありました

食後、おじさま達が余ったビスケットを「持っていって部屋で食べな!」と紙で包んでくれました。やさしいですね。

 

部屋に戻ってゴロゴロしてたら「パスポートコントロールの準備ができたのでレストランへ」という放送が入りました。先ほどまで朝食が並んでいたテーブルに審査官が着いて、そこにみんなが並んでいます。乗客は仕事で来てるらしきウクライナ人男性がメインで、その中に家族連れもチラホラという感じです。私も列に並び、はじめての船上での出国審査にドキドキしていたのですが「by car?」としか聞かれず、あっさりスタンプを押してもらいました。そしてここでパスポートは没収。恐らくウクライナ入国時のパスポートコントロールで返却されるのでしょう。

 

再び部屋に戻ってワインやおつまみをつまみながらゴロゴロしていたら、ようやく出航しました。10時45分くらいだったので、だいたい宿のスタッフさんが言った通りの時間でした。船の中で出国審査をするから出航まで時間がかかるのですね。

予定は6時バトゥミ発で2日後の20時にオデッサ着だったので、ここから遅延なく進んだ場合オデッサに着くが真夜中になってしまいます。知らない街に真夜中到着は避けたいところなので、遅延してせめて朝方に着いてほしいものです。

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離れていくバトゥミの港

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楽しかったグルジアとお別れです



昼ごはんのアナウンスがあって食堂へ行ったら、スタッフさんに「sea sick?(船酔いした?)」と神妙な面持ちで心配されました。全然元気だったのですが持ち前の顔色の悪さを発揮してしまったようです。日本でもたまに電車で「具合悪いんですか?」と席を譲っていただくことがありました。それはそれとして、この船のスタッフさんは皆さん大変親切な方でした。

船酔いはしていませんでしたが確かに船はわりと揺れていたため、机で作業なんかしていると気分悪くなりそうだったので午後は寝て過ごしました。

 

 

ぐっすりと寝て、夜ご飯のアナウンスが鳴る頃に起きました。先ほどまでは男性のアナウンスだったのが女性に交代していました。ウクライナ語の後に英語のアナウンスが入るのですが、男性版ではアナウンスの最後が「Enjoy your meals!」だったのが「Please, don’t be late!!」に変わっており、「決められた同じ座席、決められた同じ時間、決められた同じメンバーで毎回食事をする。極めてソビエト」の言葉を思い出しました。遅れないように食堂の決められた席へ向かいます。

 

以下、黒海フェリーお食事コレクションです。毎回わりとガッツリでこってりなお食事でした。写真は省略していますが、毎食スープもつきます。

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メニューも掲示されいます。本格的!





食後、デッキに出れたので夜風を浴びてみました。夜の海って何も見えなくて怖いですね〜。

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夜のデッキ

部屋に戻ってシャワーを浴びて少し横になろうと思ったら、そのまま眠ってしまいました。

 

この旅行中、シャワーのない安宿に泊まることも多く毎日お風呂に入れていなかったので温かいシャワー浴び放題の個室は最高でした。毎日入浴できないことに関して、メンタル面では平気だったのですが身体が悲鳴をあげていたのです。不衛生にしていることが影響してか、首や背中が赤く爛れてかゆみが出ていました。掻かないようにしようと思っても寝てる間にぽりぽり掻いてしまい、腹や腕にもかゆみが出るように…。

 

 

■乗船2日目

目が覚めると、雲間からうっすら光が見えるようなぼんやりした空が広がっていました。それでも昨日のような曇天でないことが嬉しくてデッキに出てみました。

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デッキから見たぼんやりした朝の空

 

朝食を済ませて部屋で写真を整理したり日記を書いたりしていたら、外が晴れました。快晴ではないものの、やっと青い空が見えました。嬉しくなってデッキに出ると、めちゃくちゃ寒いけど日の光を浴びれて気持ちが良いです。海もなんだかキラキラしています。

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一瞬の晴れ間

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寒いけど気持ち良い


曇天時の海面を見て、黒海ってやっぱり黒いんだ…と思っていましたが、天気が良ければ青い。青いぞ!

しかしこの晴れ間は一瞬で、昼ごはんの頃にはもう曇りに戻っていました。ちなみにもともと黒海は雨が多い気候で、悪天候時に海面が黒くなるから「黒海」と呼ばれている説もあるそうです。

 

 

というわけで、午後も引き続きお部屋でのんびり過ごします。

肌のかゆみがいよいよ深刻になってきたため、蕁麻疹出た時のためにとっておいた飲み薬を飲んでみたりしたのですが、特に効果は出ず。楽しみにしていた赤ワインも飲むと血行が良くなって痒みが増すような気がしてあまり口をつけていませんでした。悩ましいです。

 

 

■乗船3日目

真夜中にオデッサに到着することを恐れていましたが、いい感じに遅延してくれたようです。朝起きてもまだ着いていませんでした。窓の外はモヤがかかっていて水平線が見えない状態でしたが、「〜〜〜チョルノモルスク(オデッサの港の名前)なんちゃら〜〜」とウクライナ語の放送があったのでそろそろ着くのかもしれません。英語のアナウンスも欲しいところです。

そういえば昨日、プー!プー!プー!プププー!とけたたましいサイレンが2度鳴ったあと、ウクライナ語だけでサイレンの説明と思しき放送がありました。不安になるので英語でも言ってほしい。

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朝の窓。遠くにオデッサが見えるような、見えないような

 

9時頃、オデッサの港周辺の景色が見えてきました。

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オデッサが見えた

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船旅もおしまい

 

そして私、ここにきて大変なことをやらかしていたことに気が付きます。ウクライナの通貨を1円も持っていないのです。

バトゥミの街には両替商がたくさん並んでいたので、ウクライナ側にも同じように両替商が並んでいるだろうから着いたら手持ちのUSドルから両替すればいいや。と考えていました。しかし、陸が見えてきた頃にフロントでオデッサの港周辺で両替できる場所を聞いたところ「大変不幸なことに両替できる場所は無いよ…」とのことでした。オデッサ中心部へ行くにはバスまたはタクシーということですが、両替できないことにはどうしようもありません。僅かばかりのグルジア・ラリとUSドルしか持ってないと伝えたら「ちょっと待って」とどこかへ行ってしまいました。

スーパーで板チョコ10枚買って浮かれている場合じゃなかった…。サラミやおやつを買うお金でウクライナのお金を作っておくべきでした。大反省です。

 

そうこうしている間にグルジア出国時と同じようにウクライナ入国のパスポートコントロールin食堂が行われました。入国審査は「ウクライナは初めて?」と聞かれたくらいで済みました。入国審査官のネイルが派手なピンクにキラキララメで、お堅い仕事だけど自由な感じがいいなあと思いました。「Welcome to Ukraina!」という言葉とともにパスポートを受け取ります。

 

入国審査を終えて食堂を出ようとしたら、先ほど声をかけたフロントの男性に呼び止められて、なんと港から街へのバス代として20フリヴニャ(ウクライナ通貨)を手渡されました。そんな……!!完全なる私の自業自得なのに思わぬ親切を受けて申し訳なさと有り難さでいっぱいになり、礼を言って外貨でその分お支払いしますと申し出たのですが「いいからいいから」と受け取ってもらえませんでした。こんなアホアホ乗客のために、なんて優しいんだ…。

港を出たら25番バスに乗ることと、ガソリンスタンドの近くというバスの停留所の場所を親切に教えていただいて「迷わないでね」と見送ってくださいました。

本当にありがとう……ありがとう…!!!!

 

 

下船は乗船と逆の手順で降りれば良いようで、同じようにコンテナの横を通って外に出ます。乗船時と同じようにコンテナ出入口にいたスタッフにパスポートを見せて、港の入り口まで移動するバスに乗車。大きな荷物はバスに持ち込まず、なぜか隣に停まっているフォークリフトに載せます。そしてこのバスがまあボロい。ガタガタ揺れるしカーテンもボロボロです。

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カーテンがボロボロのバス

バスは発車したかと思ったらすぐに止まって、ほんの数十メートルの移動でした。これくらいの距離なら歩かせればいいのに!と思いましたが、入国者の管理のために必要なのでしょうか。

バスを降りると、遅れて我々の荷物を乗せたフォークリフトもやってきました。よく見ると私の青いバックパックも居心地悪そうに揺られています。

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荷物を乗せてこちらに向かってくるフォークリフト

 

 

 

その先にある小屋のような小さな建物で手荷検査を受けます。

バトゥミ側の港では特に手荷物検査も無く、これじゃ密輸入し放題ではと思っていましたがここでしっかり検査されました。検査官の後ろに麻薬犬と思しき毛足の長いモップのような犬がいたのですが、何も無い床をクンクンしたりとどうも賢そうではありませんでした。

私の前にいた韓国人男性が大量に持っていた何かの箱を怪しまれて開けさせられていたので、10枚も同じ板チョコを持っている自分も怪しまれるのでは一抹の不安が過ぎりましたが、まったくもってスルーでした。

 

晴れて無事入国したのですが、港付近は思った以上に何もない場所でした。家も店もなく、コンテナを積んだ車が並ぶ寂しい道を歩きます。途中動物のにおいがすると思ったら羊の入ったコンテナがありました。道はぬかるんでいる箇所もあり、なんだか気持ちがどんよりします。

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コンテナの中の羊

 

歩いてるうちに上の方に大きな幹線道路が見えてきたので登ってみると歩道があり、ホッとしました。

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歩道に出た

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港から歩いてきた道を振り返る。港まで貨物用と思しき線路が続く

 

フロントの男性に教えてもらった通り、しばらく歩くとガソリンスタンドの近くにバス停が見えました。しかしバス停の待合室は老朽化してほぼ崩壊しており、時刻表も見当たりません。しかもバス停の目の前にはコンテナトラック数台が停車して視界を塞いでおり待合室にいてはバスが来ても気づけない状況です。どうしたものかと思っていたらちょうど25番バスがやってきました!おーい!乗りまーす!!と手を振るも、直前までコンテナの影になっていたせいか無情にも通り過ぎていきました。悲しい。

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緑の屋根の建物がバス停。目の前のトラックが視界を塞ぐ

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バス停の周りは何も無い

コンテナの影になる場所にいてはいつまでたっても乗れなそうなので、少々道路に出て次のバスを待っていたら10分程度で次の25番バスが来ました。大きく手を振ったら止まってくれました。バスは満員でしたが体をねじ込みます。

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大切な20フリヴニャでお支払い

バスに揺られて、無事にオデッサの市街地まで出ることができました。

悪天候と肌トラブルになんとなく悩まされた船旅でしたが、贅沢な個室と食事を満喫できたうえに優しい乗務員さんに助けてもらったりと思い出深いものとなりました。

 

 

鉄道乗車記録と銘打っているにも関わらず、フェリーの話が一番長くなってしまいました。次回でやっと鉄道乗車記録完結です。

いろんな国の鉄道乗車記録 その3(コーカサス地方 前編)

乗車記録ブログその3です。

 

コーカサス3国」とセットで呼ばれることも多い【アゼルバイジャン】【ジョージアグルジア)】【アルメニア】の3国間を鉄路で移動したのでその記録です。カスピ海黒海に挟まれた地域で、いずれもかつては旧ソ連に属していました。

移動経路はこんな感じです。この記事(前編)では赤線部分の移動について記します。(破線の箇所は鉄道以外で移動)

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移動経路

それでは参りましょう〜。

 

アゼルバイジャングルジア

移動区間【バクー(アゼルバイジャン首都 )〜トビリシグルジア首都)】

カスピ海沿いのアゼルバイジャン首都・バクーから内陸部のグルジア首都・トビリシまで、夜行列車で一気に移動しました。寝台列車には慣れてきましたが、初めて鉄道で国境を越えたのでドキドキでした。

 

まずはバクー旅客駅で切符の購入です。この立派な建物は旧駅舎で、この横手に新しい駅舎がありました。

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バクー旧駅舎

 

駅構内にあった運行掲示板です。トビリシ行きの下にモスクワやキエフ行きもあります。

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バクー駅発の運行スケジュール

切符の予約窓口と支払い窓口は別々なので注意です。予約手続きのあと番号を渡されるので、番号が呼ばれるまで支払い窓口の前で待ちます。銀行のような感じです。

翌日の切符を無事購入することができました。一番下のクラス「4ベッド開放型コンパートメント」の席でお値段25マナト(≒1,500円)です。他にも「4ベッド扉付きコンパートメント」や「2ベッド個室」タイプの席もあるようです。

 

 

翌日、 いつものように食料を買い込んで駅へ向かいます。

アゼルバイジャンは国民の大半がイスラム教徒の国ですが、特にアルコールは禁止はされていません。お酒もスーパーで普通に買うことができます。ちなみにヒジャブの着用義務もありません。

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スーパーに並ぶビール

 

バクー駅のトイレは有料で、入り口で3マナト(≒200円)支払う必要があります。アゼルバイジャンのお金をほぼ使い切っていて財布には2.7マナトしか残っておらず、ダメ元でお願いしてみたら温情で0.3マナトまけて入れてくれました。トイレットペーパーは無かったのでそこは自分で用意する必要がありそうです。

 

こちらが本日の寝台列車です。なかなかレトロな感じです。

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この列車に乗ります

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バクー旅客駅のホーム

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バクー発、トビリシ

列車に乗り込むと名乗ってないのに乗務員さんから「あなた、○○(名前)?!😎」と言われました。アジア人の利用者が珍しくて覚えていたのでしょうか。

 

今まであまり乗ってこなかった、扉のない完全開放タイプのベッドです。座席にマットレス感はなくて、どちらかというとシンプルな皮張りのシートという感じ。座席の下が荷物入れになっています。乗客はそこまで多くありませんでした。同じコンパートメント(ボックス席)の利用者はロシア人男性1人です。

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扉がない寝台

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ベッドというより座席。青いのは重くて大きい私のバックパック

21時50分、定刻に発車です。

車輌が古いせいもあってか窓は汚れていてあまり外は見えないのですが、列車が動き出してすぐにバクーのきれいな夜景を遠くに見ることができました。石油採掘で潤ったアゼルバイジャンは別名「火の国」とも呼ばれているそうで、首都バクーのシンボルである「フレイムタワー」はまさに「火」を象っています。

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車窓から見えたバクーの夜景

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前日、丘の上から見たフレイムタワー。火をアピール。

それ以降は暗闇の中をひたすら走ります。

 

出発してすぐにグルジアの入国書類が配られました。記入に手こずっていると向かいの席のロシア人紳士が教えてくれた。この紳士、寡黙な人でしたが荷物の出し入れなど手伝ってくれて優しかったです。旅行中ひたすら優しい人に助けられているような気がします。私もどこかで受けた分の優しさを誰かに提供できればいいのですが。

 

 

疲れていて眠たかったので、検札が済んだら敷きマット、枕、シーツ、枕カバー、そして掛け布団替わりのシーツをセットして、早々に眠りにつきました。(リネンは配布されました)

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リネン類はアゼルバイジャン鉄道のロゴ柄

 

 

起きたら6時過ぎくらいでした。外は暗い。

お菓子食べたりしながらボーっとして、たぶんアゼルバイジャン最後の駅へ到着したのが7時過ぎくらいだったかな。

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明るくなっても、景色はずっとこんな感じ

 

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スーパーで買ったおやつと水

 

国境の駅で停車して車内で出国審査があります。生まれてはじめての列車内での出国審査です。

パスポートを回収されて荷物チェックを受けた後、少ししてから車両の一番前のボックス席を使ったイミグレーションへ誘導されました。係員は机の上に置かれた丈夫そうな半開きのアタッシュケース(こちらを撮影するカメラつき)に入れたパソコンをカタカタしています。場所が列車のボックス席なだけで普通の出国審査と同じ要領でした。

無事に出国手続きを終えると、パスポートに列車の絵が入った出国スタンプを押してくれました。このスタンプ楽しみにしてたんです。うれしい。ビザの個人情報欄の上に押されたのでお見せできないのが残念。

 

 

出国審査はそんな感じで乗客1人1人を仮設イミグレーションこと先頭ボックス席まで呼び出して行うのでなかなか終わらず「長いな〜」と思って横になったら寝てしまい、気づいたら国境を越えていてグルジアの入国審査でした。

「荷物検査するぞ〜〜」と係員の方々が我々の席に来たのでロシア人兄さんに手伝ってもらいながらベッドの下の荷物入れからバックパック取り出したら、その大きさを見て面倒くさくなったのか結局中身は確認せずに定番の質問をされただけで済みました。係員と一緒に大きくてぶりぶりした麻薬犬も乗り込んできて面白かったです。特に問題は見つからなかったようで良かった。

 

パスポートの変なところにスタンプを押されたけど、無事入国審査も終わりました。

ボケーっとしてたら、近くの席にいた夫婦にニーハオと声かけられました(いつものこと)。トルコから来た夫婦だそうで、しばしおしゃべり。パンをいただいたのでこれを朝食としました。少ししょっぱめのお惣菜系のパンで美味しかったです。

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もらったパン

 

グルジアに入ると、列車の墓場のような場所が長く続きました。きっともう使われることは無さそうな古い車輌が野晒しになってゴロゴロと放置してあります。

どんより曇り空なのも手伝って、重い冬の空気という感じです。

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たくさんの列車が放置されていた

 

 

そうこうしている間にトビリシ中央駅に到着です。およそ13時間の旅でした。

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トビリシ駅のホーム

トビリシに着いてもトルコ人夫婦と座席でおしゃべりを続けていたら、乗務員さんに「はよでてけ!!!!」と言われ、ヒ〜〜〜!すみません!と慌ててホームに飛び出しました。

 

トビリシ中央駅構内は、フードコート、小さい本屋さん等お店が入っているのである程度時間を潰すことはできそうです。私はここの携帯ショップでグルジアSIMカードを購入しました。

このトビリシ中央駅、外観だけ見ると宇宙要塞的な感じで物々しく、垢抜けない独特なでっちり感があります。写真を撮ったつもりだったのですがデータが見当たらなかったので、もし興味があれば検索してみてください。

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トビリシ中央駅構内

出発が夜で朝到着だったためほぼ闇の中を移動という感じの旅程でしたが、初めての国際列車でワクワクしました。イラン鉄道のような快適な寝台旅も良いですが、こういう思いっきりレトロな車輌も魅力的ですね。重々しい空模様もあいまって、なんだか燻銀な香りのする鉄道旅でした。

 

 

 

 

グルジアアルメニア

移動区間トビリシグルジア首都)〜エレバンアルメニア首都)】

今回も国際寝台列車で首都から首都へ移動です。実は当初はアルメニアへ行く予定はなく、トビリシからそのまま沿岸部のバトゥミまで移動するつもりで切符も予約していました。しかし偶然出会ったコーカサス地方の達人のような旅人に「アルメニアはいいぞ〜!!」と布教を受けて予定変更。バトゥミ行きをキャンセルして、アルメニアエレバン行きの切符を購入し直しました。お値段は49ラリ(≒2,000円)です。

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トビリシ中央駅の待合室。右奥にチケットカウンターが見える

 

余談ですが、グルジアは日本人の長期滞在旅行者をちらほら見かけました。おしゃれな町並みを楽しめるのに物価は安いし、酒も飯も美味い!という、旅行者的にはかなりナイスな街なので沈没(旅人が特定の土地で何もせずダラダラし続けること)するにはもってこいなのかもしれません。私も滞在中は毎日ビールとご飯をエンジョイしました。

 

 

列車は20時20分発。

いつものようにスーパーで晩酌セットを買い込み、トビリシ中央駅へ向かいます。

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夜のトビリシ中央駅プラットホーム

出発30分ほど前にホームへ降りると、バクー〜トビリシ間の列車以上にレトロな香りのする車輌が待っていました。いそいそと乗り込むと、車内が暗い。出発前だから電気がついていないようです。

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今回もレトロな車輌

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重厚感のある古さ

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暗い車内では外の光が頼り

座席部分が明るくなっても通路は薄暗いままでした。節電モードで運行しているのでしょうか。

 

車輌の構造はバクー〜トビリシで乗った時と同じく開放型コンパートメントです。どちらもなかなか古い車輌であることには変わりないのですが、あちらが無骨な旧ソ連車輌だとしたら、こちらは田舎の祖父母の家のような雰囲気でした。寝具の柄や壁の色のせいでしょうか。

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おばあちゃんの家っぽい車内

 

 

同じコンパートメントの向かいの席はアルメニア人のご婦人でした。家族のもとへ帰るところらしく、イケメンな息子さんの写真を見せてくれました。

買い込んでいた晩酌セットに加えて、御婦人からキュウリ(見たことないくらい太かった)、パン、チーズ、チョコチップクッキーなどをお裾分けいただいて、豪華な晩餐になりました。私が持ち込んだお惣菜は受け取ってもらえず、申し訳ない。

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お酒が進みそうな晩餐

 

隣のコンパートメントにいた二十歳そこそこくらいの中国人の女の子に話しかけられて、しばしおしゃべり。どうやら今日この列車に乗っているのはこの3人だけらしい。それなら節電モードで運行でも文句言えません。絶対赤字じゃないか〜。

その子曰く、「バスの方が安いからみんなそっちで行くんだと思うよ。私の友達もバスで行ったけど、私は寝台列車のほうが快適だと思う。」とのこと。そういえばアルメニアへ行くきっかけとなったコーカサス好きの旅人も、グルジアアルメニアの行き来は専ら小型バスを使っていると言っていました。「バスの方が安いうえに早いからなんだろね〜」と結論づけましたが、それは結構その通りで後日私も「マルシュルートカ(通称マルシュ)」と呼ばれる小型バスに乗ってエレバンから再びトビリシへ戻ることになります。その件については次回、コーカサス地方 後編の記事に少し書こうと思います。

 

 

列車が動きだしました。

バクーよりもかなり控えめなトビリシの夜景です。バクーのよな高層ビルは目立ちませんが、遠くにトビリシテレビ放送タワーが見えました。写真の腕はお許しを。

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遠くにタワーが見える

 

出発したときにご婦人が十字を切ってお祈りしていたのを物珍しく思って、わたくしガン見してしまっていたようです(失礼!)。私の視線に気づくとご婦人は胸元の十字のネックレスを指して「神様にお祈りしたんだよ」と言って私を指さしてネックレスのジェスチャーをするので「?」と思ったら私の宗教を聞いているようでした。下手っぴな発音でBuddhistと言っても伝わらなかったので、合唱してブッディスト〜(なむなむ)と言ったら通じました。

そういえばグルジアでは教会前を通りかかった人が十字を切っていたのをよく見ました。信仰に熱心な人が多いのかもしれません。

 

 

 

バクー〜トビリシの時と同じような感じでリネン類が配布されて、ご婦人はササっと寝る姿勢に入ったので私は通路の窓際へ移動して晩酌を再開〜。外はほとんど闇だけど一応車窓を眺めつついただく。真っ暗だけど、水の気配がして川の横を走っているんだな〜というのが薄ら伝わってきます。

スーパーで買ったアジアンな味付けの鶏肉のお惣菜が遥か昔に給食で食べたような懐かしい味でおいしかったのですが、肝心な写真を残していませんでした。

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アルメニアと書かれたリネン。アルメニアの鉄道会社が管理しているのでしょうか。

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グルジアの缶ビール

グルジアはビールが2Lペットボトルに入って安く売っています。滞在中は名物のヒンカリ(餃子のような食べ物)と一緒に飲みまくってました。お酒飲みには良い国ですよ〜、ジョージア
 

お腹も満たされたので私も寝支度をして布団の中に入りました。リネンから洗剤の香りがして心地よいです。

 

 

しばらくするとグルジアの出国手続きがありましたが、パスポートを渡してすんなり終了。

そしてまたしばらく走ってから今度はアルメニア入国手続きです。国境で係員2人が乗り込んできて、席までやってきました。今回の入国審査は少し緊張していました。私はグルジアの前にアゼルバイジャンを訪れています。アルメニアアゼルバイジャンは国境地帯の領土をめぐる紛争の影響で仲が悪く、アゼルバイジャンのビザが見つかると色々と厳しく質問されることもあると聞いていました。私のパスポートにはばっちりアゼルバイジャンのビザが貼り付けてあるのでドキドキです。

係員の1人がパスポートをパラパラとめくると、アゼルバイジャンのビザが貼られたページを指でロック!そして「VISA …」と呟きます。ぎゃー!と焦りましたが、もう1人が「この人はヤポネ(日本人)だ」と言うと「こんにちは」と言ってくれて、滞在するホテル名以外は特に聞かれずに無事入国できました。先人の日本人旅行者たちがお行儀よく国境を通過してくれてたおかげでしょうか。とにかく、無事に済んで何よりです。

無事出入国が終わると、ご婦人が腕をバッテンにして、ミッション完了!みないなポーズを見せてきて可笑しかったです。私も「もう寝るだけだ!」とジェスチャーをして、あとはぐっすり眠りました。

 

 

朝起きるとまだ外は暗く、ご婦人は途中の駅で降りたのか荷物ごと居なくなっていました。ぼ〜っとしていると、隣の中国人の子が「次の駅だよ」と教えてくれました。

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早朝のエレバン駅の天井

終点・エレバン駅に到着です。

下車後はその子と一緒に直結する地下鉄駅まで移動しました。エレバン駅は首都の駅としてはかなり閑散としているうえにド早朝のホームはまだ暗く、おまけに雨まで降っていて、1人だったらかなり心細かったと思います。

 

後日撮影した明るい時間のエレバン駅の写真を紹介して終わりにしたいと思います。

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エレバン

この駅舎は古典的な「スターリン様式」と呼ばれる建築様式だそうです。スターリン様式は豪華で左右対象で真ん中に細長いトンガリがあるのが特徴とのこと。まさしく!

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トンガリの先端まで凝ったつくりです

 

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晴れた日のエレバン駅構内

こう見ると、到着時に見た薄暗い構内とは印象が全然違います。カラフルなペイントに遊び心が感じられていいですね。だだっ広いので少し寂しさは感じますが…。

 

 

 

★余談 エレバン子供鉄道

エレバンには「エレバン子供鉄道」と呼ばれるスポットがあります。私は現地に行ってからその存在を知ったのですが、なかなか良い場所だったのでそちらについても記録しておきます。

 

「子供鉄道」とは、旧ソ連などの社会主義諸国において子供たちが鉄道について専門的に学習するために存在する(した)補助教育機関のことを指します。子供たち向けに本物の鉄道に似せた設備を用意して、そこで学習してもらうわけです。そんな子供鉄道の施設がエレバンにもあるのですが、どうやら2015年頃から運行停止状態らしく私が訪れた時(2018年3月頃)には少しずつ廃墟の風格が出始めていました。

 

子供鉄道は渓谷沿いの公園の中にあります。遊具がたくさんある広い公園なのですが訪れた日が休園日だったのか遊具は稼働しておらず、あまり人の気配がありませんでした。写真だと枯れ木もあいまって廃墟のように見えますが、公園そのものは現役だと思います。

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子供鉄道がある公園を見下ろす

 

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今日はお休みのようです

 

 

公園の奥の方まで進むと、子供鉄道の駅舎が見えてきます。

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駅舎が見えた

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エレバン子供鉄道の駅舎

この色、連続するアーチ、真ん中のトンガリ。やはりエレバン駅にけっこう寄せている気がします。

 

駅舎の中に入ります。

壁は薄ピンクとパープルの優しい色合いで、なんだかおとぎ話に出てくるお城のような雰囲気もあります。窓や柱の形がかわいい。カラフルなステンドグラスが美しく、シャンデリアも華やかです。ただやはりしばらく使われていないせいか、壁に落書きもされて荒れた雰囲気になっています。隅にホウキ等掃除用品が置いてあります。散乱せずにきれいに置いてあるということはたまに清掃を行っているのでしょうか。

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子供鉄道の構内

 

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シャンデリア

 

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ステンドグラスがきれい

 

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壁に落書きが

 

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隅に置かれた掃除用具たち

 

外へ出てみます。

建物の左右に屋根のある広場のような空間があるのですが、ここもアーチ状の開口部が続いて可愛らしい作りです。部外者の勝手な思いですが、せっかく素敵な建物なので是非また何かしらの形で日の目を見てほしいところです。

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広場のような空間

ここからホームに停車している列車を見下ろすことができます。屋根に積もった枯葉が動いていない年月を感じさせます。

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ホームに停車している子供鉄道

 

 

ホームに降りましょう。

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子供鉄道のホーム

2つの車輌が並んで停車しています。単線ではなく複線なあたりが、遊びを目的とした施設との違いを感じます。

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2本並んだ線路

 

 

 

レールの先には古びた廃車輌が停まっていました。こっちはさらに長い間動いていなそうです。

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奥にかなり古い車輌が見える

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もう動くのは難しそう

 

 

振り帰ると駅舎と車輌が見えます。

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駅舎と車輌

 



車輌をよく見てみましょう。

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子供鉄道の車輌

車体のカラーリングは「子供鉄道」の名にふさわしい元気な印象を受けますが、これも実際に運行されてる車体に寄せたものなのでしょうか。

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エンブレム

フロント部分には凝ったデザインのかっこいいエンブレムが取り付けられています。これも本物の鉄道に近いデザインなのかな。

 

 

 

子供鉄道の座席部分は所謂トロッコ列車です。線路沿いには小さな川が流れているので、晴れた日の運行は風が気持ち良かったんじゃないかな〜。奥に停まっている車輌はSL?

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シート部分

 

線路はずっと先まで伸びています。約2.1キロあるそうです。長い。

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先まで伸びる線路

 

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駅の方を振り返る

 

 

ちなみにこの線路沿いの道、地味にポツポツ人通りがあります。地元の人の抜け道的な存在なのかもしれません。少し歩くと線路が合流しました。そして写真左手にキロポストのようなものが設置してあります。こういうのも実習用としての設備でしょうか。

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合流する線路

 

 

 

渓谷を見下ろすと、川の一部が岩で囲ってありました。そして隣にはベンチが並んでいます。なんだろう。温泉…?養殖場…?

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なんだろう

 

 

 

更に歩くとトンネルが見えてきます。入り口の部分だけ落書きの被害に遭っていました。

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トンネルが見えてきた

 

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トンネル

 

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トンネルの落書き

満足したのでトンネルの途中で引き返して、子供鉄道探訪は終了としました。

 

 

余談部分が長くなってしまいました。次回はその4、コーカサス地方 後編です。

いろんな国の鉄道乗車記録 その2(カンボジア、イラン編)

前回に引き続き、海外での鉄道乗車記録ブログです。

今回はカンボジアとイランの記録です。

 

カンボジア

乗車区間プノンペンシアヌークビル】

カンボジアの首都であるプノンペンから、リゾート地としても人気のある海沿いの街プノンペンまでを鉄道で移動しました。

カンボジアの鉄道は旅客減少や山賊の襲撃などの治安面での問題もあり長らく運行停止していたのですが、2016年から旅客列車の運行が再開されています。私が行った2018年当時はプノンペンシアヌークビル間のみの運行でしたが、現在はタイとの国境部分も運行再開しているそうです。

 

プノンペンからシアヌークビル間の列車が動いているのは金土日月のみ、1〜2本/1日なので注意が必要です。

特急でブンブン飛ばすのではなく、ゆっくり走る鈍行列車です。乗車時間はおよそ7時間程度とやや長めなので、お尻が試されます。

 

朝7時発の列車に乗るため、5時半起きでトゥクトゥクに乗ってプノンペン駅を目指します。

普段は引ったくりを警戒してトゥクトゥクスマホやカメラを出すのは控えていたのですが、早朝で人が居ないのをいいことにパシャリ。

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トゥクトゥクから見た早朝のプノンペン

このトゥクトゥクの運転手さん、運転中いろいろ話をてくれて、私が切符を持っているか気にかけてくれたり、荷物を運ぶのを手伝ってくれたりと親切にしてくれました。

 

無事プノンペン駅に到着!国王の大きな写真が目立ちます。

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プノンペン駅正面

事前に予約していたチケットを窓口で引き換えます。ちなみに切符のお値段は7ドル。安いです。

駅構内はそこそこ人がいましたが、切符窓口は空いていたので予約なしでも買えた気がします。

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朝のプノンペン

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切符。爆弾禁止のマークが気になる。

切符を手に入れたらホームへ移動します。道路が乗り入れていて少し不思議な感じです。

旅客列車の後ろに連結されていた貨物列車部分に自動車が乗っていたので、車を運ぶことも想定した作りのようです。

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プノンペン駅のプラットホーム

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車も運ぶ

こちらがシアヌークビル行きの列車。再運行にあたり塗装をし直したのだと思います。シックで素敵な塗装です。そして発車までまだ時間があるので談笑中の皆さん。

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駅で働く方々

 

 

少し早いですが列車に乗り込むと、冷房がガンガンに効いていました。パナソニック製の家庭用っぽい形のエアコンが数台で頑張っています。

ネットではロングシートの画像を見ていたのですが、私のチケットに記載されてた車両はボックス席でした。張り替えたばかりと思しきピカピカの青いシートです。

 

出発時刻が近づくと続々人が乗ってきたので早めにきてよかったです。

ちなみに窓はちょっと汚いですが、景色を見るのに困るほどではありません。しかし写真を撮るには少し困る程度には汚れているので、今回の車窓からの写真は少しボンヤリした写りです。ご容赦ください。

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真新しいブルーのシートが貼られた車内

 

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家庭用っぽいエアコン

 

国や地域によって人々にとっての「鉄道」のあり方は様々です。

地域住民の足として日常的に利用されていることもあれば、主に観光客向けの移動手段として存在していることもあります。

(少なくとも2018年当時の)カンボジアの鉄道は運行再開して間もないこともあってか完全に後者で、乗客は私のような旅行者が殆どでした。 殆ど値段の変わらないバスの方が早く移動できるので、そちらを利用する人が多いのかもしれません。

 

 

 

列車が出発すると、家々の間を縫うように進んで行きます。ベトナムの鉄道以上に人の生活との距離が近いです。

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近い

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遠くの方でビルが建設中

 

踏切はベトナムと同じく、スタッフの人が開閉するスタイルのようです。

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踏切。左端に係の人がいます



 

しばーらく街中を走ると自然豊かな感じのエリアへ。

ただでさえゆっくり走っているのに、たまにスピードを落として尋常でなくゆっくり走る時があります。そういう時に外を見ると、線路側からヤギ(にしては大きい)などの動物がササッと逃げ出していくのが見えます。動物のために徐行してるのかな?

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平然と横断

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ヤギにしては大きい?

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途中、大きな湖の側を通りました

 

朝早かったからか眠くなってしまい、気付いたら寝てました。1時間ちょっとくらいかな。

旅の疲れが出たのか、ここで金縛りにあいました。なんとまあ。

どこかの駅に到着して目が覚めました。駅名標クメール語オンリーなので、全然読めません。

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読めない駅名

少し長めに停車するようだったのでホームに出てみました。貨物コンテナのうしろに車が数台積まれています。

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貨物も一緒に移動中

 

列車は再び動き出してのどかな農村地帯を走っていきます。

広い空と緑が気持ち良いです。

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のどかな風景

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鮮やかな緑

たまに列車に向かって手をふる子どもたちがいて、振り返すと嬉しそうにするのが可愛らしいです。

 

お腹がすいてきたのでランチタイムです。実は前日、プノンペンにあるイオンモールで久しぶりに日本の食材を買い込んでいたのです。野菜不足を感じていたので、まずは野菜ジュース。

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プノンペンのイオンで買った野菜ジュース

そして北海道クリームと書かれた天然酵母パン(タイ生産)も食べたのですが、これが新しく買った家具みたいな味がして衝撃的な不味さでした。

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半額になったまずいパン

 


列車はシアヌークビルに向けてゆっくりゆっくり走っていきます。

車窓の景色が雄大というか、奥行きがすごい。ずっと奥まで緑が見えます。背が高くて先の方に葉が茂っている樹も、岩のような厳つい雰囲気の山々も日本ではなかなかお目にかかれません。

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とにかく奥行きのある景色

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厳つい山が見える

 

しばらく走ると、また少し長めに駅に停まりました。

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駅のホームは売り子さんもいて賑やか

相変わらず駅名標クメール語のみですが、停車する少し前に外に「カンポットプリズン」と英語で書かれた立派なゲートが見えたので今回はカンポット駅だと分かりました。カラフルな旗がパタパタしていたので楽しげな施設だと思いきや刑務所で少し驚きました。

 

カンポットを出てしばらく走ると海が見えてきました!リゾート地・シアヌークビルが近づいていることが感じられます。

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海が見えた

しかしプノンペンを出発してから既に6時間は経っています。斜向かいのボックスにいる人たちはお疲れのようで、ごろ寝してリラックスモードです。彼らがクメール語と思しき言葉で会話しているのですが、それが日本語で「あったかい」「あったかい〜」と繰り返しているように聞こえました。車内は冷房でキンキンに冷えていましたが、彼らはなんと言っていたのでしょう。

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長時間のご乗車でお疲れ


 

ゆっくりゆっくり走った列車は1時間遅れでシアヌークビルに到着しました。

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シアヌークビル駅

普通シートで長距離列車なので疲れは感じましたが、冷房の効いた清潔な車内で快適に過ごすことができました。バスの方が所要時間や便数を考えると移動手段として効率が良いかもしれませんが、ゆっくり走る列車でのんびり移動も悪く無いですよ。

 

ここで注意!なのですが、シアヌークビル駅前にいるトゥクトゥクは早い者勝ちです。

私はここで競争に敗れて、この旅初めてのバイクタクシー(バイクに二人乗りするタクシー)を利用しました。何かあったら怖いと思ってこれまで避けていたんです。しかしかなり郊外にある鉄道駅から町の中心部へ行くには、このバイクタクシーに乗らないわけにはいかず…。運転手のオジサンはヘルメットを被っていたので、「私にもヘルメット寄越せ〜」と要求すると「ヘルメット?なくても大丈夫だよ!」 と言われて、ノーヘル2ケツで移動しましたとさ。

 

★余談

シアヌークビルで1週間ほど海リゾートを満喫してから、アンコールワットを見るためにシェムリアップへ移動しました。

シアヌークビル〜シェムリアップは鉄道が無いので「スリーピングバス」なる夜行バスを利用したのですが、1つのベッドに知らない人と相席ならぬ相寝?するスタイルでした。私は細身の女の子とペアだったのですが後日同じルートでバスを利用した人から話を聞いたところ、組み合わせに特に配慮は無いので女性と大柄な男性でセットにされる場合もあるそうです。そうなるとなかなかキツい人もいると思うので、別の手段を選んでもいいかもしれません。

 

 

 

■イラン

乗車区間テヘラン〜シーラーズ】

イランの首都であるテヘランから、南西部の都市シーラーズまでを鉄道で移動しました。今回も例によって寝台列車での移動です。シーラーズには有名なピンクモスクがあり、絶対に1度は行ってみたいと思っていたのです。

その後シーラーズ以外の都市も数カ所回ったのですが、時間の兼ね合いで他は全て長距離バスを利用しました(イランの長距離バスは安価なうえに本数も多くて便利!)

 

 

いざ、テヘラン鉄道駅です。

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テヘラン鉄道駅

切符は前日のうちに購入しました。いつもならネット予約or鉄道駅で直接購入するところですが、偶然知り合ったイラン人に誘われて参加した「ツーリスト・フェスティバル」なる催し物(ビッグサイトのような展示場で交通機関や旅行代理店が凝ったブースを出す大規模イベント)に出店していたイラン鉄道ブースで切符の予約ができました。

このツーリスト・フェスティバルとっても楽しかったです。華やかな民族衣装を身につけた人たちが歌ったり踊ったり、伝統的な家の実物展示があったり。なかなか盛大なイベントだったので、機会があればその記事も書きたいです。

 

イラン鉄道(長いので略していますが正式名称はイラン・イスラーム共和国鉄道)のブースで貰ったグッズだけ自慢させてください。

写真集のようなものと、パスポート風のメモ帳。隣国との国境を跨ぐ列車も走っているので、そのアピールでしょうか。このメモ帳がなかなかお気に入りです。

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写真集とパスポート風のメモ帳

 

駅の話に戻ります。構内の大きなモニュメントの下に列車の案内が出ていますが、 全てペルシャ語なので読めません。イランでは時刻、日付、値段など日常で使う数字も基本的にペルシャ数字です。買い物をする時に困るので旅行中はペルシャ数字を頑張って覚えていました。今はサッパリ忘れてしまいましたが、形が桃みたいで可愛かったので 5=۵ なことだけは覚えています!

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読めない

案内してもらい、ホームに降ります。

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テヘラン駅のホーム。左の列車に乗ります。

 

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テヘラン発、シーラーズ行

 

 

そして本日のお宿こと、コンパートメントです。今回も扉つき4人部屋です。正確な値段は忘れてしまいましたが、当時の日記帳に「日本円で2,700円くらい」というメモが残っていました。

写真がうまく撮れずわかりづらいのですが、背もたれの部分をグイっと上に持ち上げると2段ベッドに変形するトランスフォーム型ベッドです。

テレビ画面つきでお菓子やお水、紅茶まで用意してあります。イスラムのおもてなし精神の現れなのか、その後頻繁に利用した高速バスでも大量のお菓子や飲み物は必ずついてきました。

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なんとテレビ画面つき!

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とにかくお菓子やジュースをたくさんくれる

 

 列車は出発して早々に街を抜け、だだっ広い荒野の中を走っていきます。

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野晒しにされた車両たち

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西日が差し込む通路

お腹が空いていたので、さっそく食堂車を目指します。

「食堂車のチキンケバブが美味しい」と聞いていたのでそれを注文。なかなか美味しかったです。オレンジ色の飲み物はイラン名物「ザムザム・ファンタ」です。イランではアメリカ企業の商品は扱えないため、コカコーラ社のファンタの代替品として登場した品らしいです。ザムザム・コーラやザムザム・スプライトも存在します。お味は本家ファンタと変わらないように思えました。寝台列車にはビールがマスト!でやらせて頂いておりましたが、当然イランはアルコールNGなので今宵はザムザムファンタが相棒です。

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チキンケバブ定食

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焼きトマトつきです

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ザムザムファンタ

 

注文を受けてくれた乗務員さんがとてもフレンドリーな人で、食堂車には私だけだったのでしばらくおしゃべりしてました。私が日本人と聞くと「日本いいね〜。テヘランは世界イチの都市、東京は2番、3番はシーラーズ!!」とのこと。トークもバッチリですね〜。

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荒涼とした景色を眺めながらお食事

お腹も満たされたのでコンパートメントへ戻ります。

 

 

ご存知の通りイランはイスラム教を重視している国なので、路線バスも地下鉄も基本的には男女で席が分けられています。当然コンパートメントも女性席で、私以外はみんなイラン人女性でした。20歳前後の大学生の女の子2人と、「おしんは最高のドラマだ」という30代女性、そして私、というメンツ。(おしんが好きなイラン人は多い)

お互いの自己紹介をして皆すぐに打ち解けて、その後はワイワイ楽しく過ごしました。

イラン人の中に謎の日本人ツーリストが紛れ込んでいる状況にも関わらず皆さんとても親切にしてくれました。イラン国内ではBooking.comやAgoda等の予約サイトが使えずシーラーズのホテルを取っていなかった私のために国内予約サイトでホテルを探してくれたり(結局サイトがペルシャ語しか対応していなくて断念)、持ち込んだ手作りご飯やフルーツを振る舞ってくれたり。

寝台列車に食事をたっぷり持ち込むのは当たり前のことのようです。それと食器も。大学生の子に「マイスプーンは持ってる?」と当然のように聞かれました。マイスプーン。貸してくれました。チキンライスにヨーグルトかけて食べる料理のお裾分けで、なかなか慣れないお味で感想が表情に出てしまったのですが、それも笑ってくれました。ありがとう。

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ずっと食べて喋って賑やか

そして次第に話題は恋バナに。わたくし、万国共通で一番確実に盛り上がれる話題は恋バナだと確信しております。男女が厳格に隔てられた生活を送っているイメージだったのですがちゃんと抜け道はあるようで、みんなボーイフレンドやフィアンセがいるとのこと。どこの国でも楽しげな恋バナを聞いているとニヤニヤしてしまうものです。

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お裾分けという量ではない食事をいただく

話の流れで社会人女性に「あなたは仏教徒?」と尋ねられて、そうだよと答えたら更に「仏教は好き?」と聞かれ、特に信仰心が強いわけでもないので「嫌いではないし、好きでもない。」と答えたら「なんで?!」という。なんでと言われてもな〜…と答えに困っていたら、「私はイスラムは好きじゃない。イラン政府が好きじゃない。イラン革命以来、女性はヒジャブ(スカーフ)の着用を義務付けられていて本当にいやだ。私たちは自由がほしい!」と。強い思いの籠もった口調でした。

彼女曰く、髪の毛を隠す布は夏場も勿論被る必要があり、被らずに外に出たら風紀警察に取り締まりにあうこともあるそうです。イランでは髪の毛隠さなきゃね!と、それ以上は何も考えずスカーフを被って旅行していましたが、全員が全員被りたくてスカーフを被っているわけではないのです。国家と個人が同じ方向を向いているとは限らないというめちゃめちゃ当たり前のことをここでやっと実感しました。

 

コンパートメントの中は女性だけなので皆スカーフを外していたのですが、男性乗務員が用があってドアをノックすると皆「ヤバイヤバイ(笑)」と言いながら慌ててスカーフを被るのが修学旅行で先生が部屋に来て寝たフリをする学生みたいで内心少し楽しかったです。その後乗務員は何度かやってきて、2回目以降はもう面倒になったのか私以外は被らなくなっていましたが。(上の話と矛盾するようですが、場所によっては人前でスカーフを外してても案外大ごとにはならないです)

この乗務員さんも笑顔が素敵な親切な人で、言葉はわかりませんが恐らくスカーフをかぶらないことを咎めたりはしていないようでした。それでも「外国人がナメた真似してはいけないのでは…」と不安で1人だけ律儀にスカーフを被っていたら女性陣から「イスラム教徒3人が被ってないのになんで仏教徒ヒジャブを被っているんだ笑」と爆笑をいただきました。

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先生…ではなく乗務員の見回り

 

そんな楽しい夜を過ごして夜も更けてきたところでシートをトランスフォームさせてベッドを作り出し、気持ちよく眠りにつきました。そして翌朝6時半頃、定刻よりも30分も早くシーラーズ鉄道駅へ到着しました。

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ひんやりしている早朝のシーラーズ駅

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滑走路のようにも見えるシーラーズ駅のホーム

下車時に見回り先生こと乗務員さんが「君たち、この日本人のことちょっと面倒見てやって」とお世話を焼いてくれて、町の中心地まで一緒のコンパートメントだった大学生の子がタクシー相乗りしてくれました。最後までお世話になりっぱなしでしたが、ワイワイ過ごした楽しい鉄道旅になりました。

 

★余談

シーラーズではずっと見たかったピンクモスクに訪れることができました。カラフルなステンドグラスの光が美しくて、本当にきれいでしたよ!

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ピンクモスク

 

また長くなってしまいました。

次回はコーカサス地方-前編-です。

 

いろんな国の鉄道乗車記録 その1(台湾、ベトナム編)

(今回はジャニーズ全然関係ない記事です。)

 

私は鉄道に乗るのが好きなので、旅行先ではチャンスがあれば乗るようにしています。

夢はシベリア鉄道乗車です。

北京からモンゴル経由で途中からシベリア鉄道に合流するルートが楽しそうと思っていましたが、旅先で知り合ったシベリア鉄道経験者に「始発点であるウラジオストクからの景色こそが最高なんだよ!」と言われて以来迷っています。

こんな状況で乗れるのがいつになるのかは分かりませんが、有識者の方いらっしゃいましたら是非アドバイスください。

 

それはさておき、

せっかく今まで数カ国の鉄道旅行を経験したのだから1度まとめてみるのもいいかなと思いまして、今回はそんなまとめ記事です。

当時の日記を元に書き起こしていますが、情報が曖昧な部分があるかもしれません。地下鉄やモノレールは今回は除外しています。

乗車時期は特に記していない限りすべて3年くらい前です。今回もずいぶん寝かせた写真の放出です。よろしければお付き合いください。

 

■台湾 

乗車区間台北〜台中】

台北から台中への移動で乗車した特急列車、その名も「自強号」。強そう!

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右下の屏東行きに乗車します

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自強号

切符は券売機で購入。無事乗り込み出発です。賑やかな道路沿いを走ったり、草原の中を大きな牛が歩いているような長閑な景色の中を走ったり、景色の変化が楽しくてずっと車窓を眺めていました。

 

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鉄道旅にビールは欠かせません。

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途中の樹林駅。樹木希林っぽ〜い、とか思って撮ったんだと思います。

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途中の竹南駅。左の方に写っている閻魔大王みたいなやつが気になって撮ったんだと思います。



 

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のどかな景色〜。

台湾の鉄道といえばお弁当ですよね。ですよね、と書いてしまいましたが、そうなのでしょうか。実はよく知らないのですが以前見た台湾の旅番組で美味しそうに駅弁を食べている様子が紹介されているのを見て以来そういう認識だったので、私もお弁当買いました。

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お弁当の箱。可愛い

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シンプルなお肉の弁当

ほんのり八角の味がする美味しいお肉でした。見た目通り、ビールと合いますよ。

列車は2時間半ほどで無事に台中に到着しました。

 

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台中駅構内では扇風機部隊が大活躍

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台中駅の駅舎は東京駅と同じ「辰野式」と呼ばれる建築スタイルらしいです

 

余談①

台北で地下鉄グッズのポップアップショップに遭遇したので路線図のハンカチを購入しました。かわいくてお気に入りです。

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台北地下鉄路線図ハンカチ

余談②

台湾中部の彰化駅の近くにある「彰化扇形車庫」にも行ってきました。ここでは現役活躍中の扇形車庫を見ることができます。鉄道好き必見のスポットではありますが、珍しい光景なので鉄道に興味がない人でも楽しめそうです。

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とっても賑やか

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ロボットのようなオブジェ。廃部品で作ったのかな?


 

 

ベトナム

乗車区間ハノイ〜ダナン / ダナン〜ホーチミン

ベトナム北部のハノイから南部のホーチミンまでを縦断する南北線、 通称「統一鉄道」に乗って、ベトナムを縦断しました。

ハノイから出発して、途中ダナンを経由してホーチミンを目指します。

 

実は今回の乗車から3年ほど前に行った、初めての1人海外旅行がベトナムホーチミンでした。その時も「少しの区間だけでも鉄道に乗りたい!」とサイゴン駅(現在の地名はホーチミンだけど駅名はいまだにサイゴン)を目指したのですが、迷って迷って結局駅まで辿り着くことができず乗車を断念。

今回は無事に駅にたどり着いて列車に乗るぞ!という低いハードルを胸に挑みました。

 

まずはハノイ〜ダナンの寝台列車の切符の購入です。

ネット予約にチャレンジしたのですが、支払いに失敗(ベトナム国内のカードしか使えないみたい?)したので、ハノイ駅へ行って聞いてみることに。

人に道を聞きまくって、今回はどうにか駅に到着することができました。

「ガ・ハノイハノイ駅)どこ?」と聞くと、皆さん丁寧に教えてくださいました。ありがとうございます。

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ハノイ

乗りたかった列車は満席になってしまっているが、次の便なら空きがあると!

しかし提示されたお値段が「1,200,000VND」。ネットで見た席は722,000VNDだったので、値段がずいぶん違います。と言っても桁が多すぎてピンとこないですよね。1,200,000VNDは2021年6月現在のレートでは日本円で5,700円くらい、722,000VNDは3,400円ほど。たった数千円の違いじゃないか〜と言われてしまえはそれまでですが、ベトナムの物価を考えると結構な違いです。

そのことを尋ねると「席種が違うから^^これは良い席だよ~」とのこと。そんな良い席でなくても良いのですが…と伝えたいのにイマイチ伝わらず、「良い席」ってどういうことさ〜?と思いつつも、大人しく支払って無事予約は完了しました。

 

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列車の本数が少ないのでハノイの街中を通る線路の側を歩くこともできます

 

そして余談なのですが、この日はちょうどクリスマスでした。

切符の予約が完了してから街をブラブラしていると、大聖堂の前に「無料クリスマスコンサート開催」という看板が出ており、中を覗くと看板に記載された時間からはまだかなり早い時間にも関わらず大勢の人が着席していました。「せっかくなのでクリスマス気分を味合わせてもらおう!」と、私も一緒になって着席。

どんどん人が集まって次第に身動きがとれないほどになり、「ずいぶん混むんだな〜」と思ってたら神父的な聖なる感じの装いを身に纏った人たちが厳かな雰囲気で入場して、パイプオルガンが鳴り響きました。

「お、人が集まったから早めにコンサート開始かな?」等と思っていると、おもむろに立ち上がりだす周りの人々。「立って聴くタイプのコンサートなのかな?」と思っているとそして聖歌隊のような人々が歌い出して、突然客席サイドの人々も歌い始めました。

客席サイドのパートがあるなんて予想外でした。

というか、よくよく考えてみたらコンサートの開始時間まであと1時間程あります。これは完全に、宗教行事としてのクリスマスミサでした。

ヤバい…キリスト教とは特に縁がなく生きてきたからそんなお作法は知らないぞ…。焦りますが、教会の中には人がミチミチに入っていて退場することもできません。

隣で歌っている屈強そうな男性は、私みたいにふらっと入ってきちゃった様子の男の子がヘラヘラしているのをコラー!と注意していてビビリます(大切な行事なので当然なのですが)。私もバレたらどうなるか分からん!と思い、「キリスト様をお祝いしたいんです」という表情を必死に作りました。必死の口パク。なんとなーく、口ずさんでみたり…。

というか、思いの外こっちのパートが多い。「アーメン!」とか「ハレルヤ〜」みたいなのはなんかわかるから、そこはここぞとばかりに声を出して頑張ったりしているうちに、「十字を切る」パートがやってきました。これまで特に十字を切る経験が無いまま生きてきたので、頭の中にある「十字を切る」の資料はコンサート中の亀梨和也だけでした。(なぜか彼は若い頃十字を切る仕草をしていた。かっこいいからやっていたんだと思う)

それを必死に脳内で再生して、助けてカメ…!!という気持ちでがんばってなんとなく十字を切って・・・切れてたのかな?わかんないですけど、どうにか乗り切りました。

うっかり大事な宗教行事に乗り込むなんて、悪いことをしてしまった…と思うのですが、私と同じうっかりをしていた人はあの空間に他にもいたはずです。こちらの歌唱パートがはじまったときに(やば・・・知らねえぞ・・・!!)という妙な連帯感が、確かにありました。

 

 

話がものすごく逸れてしまいました。

数日後、予約していた寝台列車に乗るべく再びハノイ駅へ。

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ダナン行きの寝台列車

ビールやパンを購入して、指定されたコンパートメントに乗り込みます。入り口に扉がついた、完全個室タイプのコンパートメントです。

それにしても、テーブルにお花やオシャレなランプが飾ってあったり軽食が用意してあったりと、思っていた寝台列車とはずいぶん違う感じです。

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おもてなし感がすごい

ルームフレグランス的なものなのかちょっと良い匂いがするし、ハノイ駅周辺で繋がるWi-Fiまで用意してありました。 

他の車両にはこういった「おもてなし」要素のないシンプルなコンパートメントもありました。切符を買うときに駅員さんが言っていた「席種が違うから^^これは良い席だよ~」は、こういう意味だったようです。求めていたわけではありませんが、たしかに良い席ではあります。

 

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シーズンだったので通路にはクリスマスの飾り付けが

 

同じコンパートメントのメンバーはイギリス人男性と中国人男女カップルで、いずれも気さくな方々でした。

列車は定刻に出発。人が生活する建物のすぐ側を通るのが興味深いです。そしてめちゃくちゃ揺れました。少し前に乗った中国の寝台列車よりずっと揺れます。

ガタガタ揺られつつ、今回もビールを飲んで鉄旅を楽しみます。

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スロットみたいな333ビール

 

お腹が空いたので食堂車へ行ってみます。私は11両目で食堂は先頭車両なので遠い遠い。

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食堂車

揺れる車内をヨタヨタ歩いてようやく到着。食堂メニューではなく、車内でワゴン販売していたおかゆを注文していただきました。なかなか美味しいのですが、いかんせん列車が揺れまくるので食べづらくて笑ってしまいます。車内販売のご飯は割高なイメージだったのですが、30,000VND(2021年6月のレートで140円ほど)と意外と高くはありませんでした。

食堂車では従業員がタバコ吸ったりかなりリラックスしている様子。休憩室も兼ねているのかもしれません。

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おかゆ。素朴で美味しい。

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テーブルに置いてあったティッシュケースが可愛い

食後はコンパートメントに戻って早々に眠ってしまいました。

 

 

朝起きると田園地帯を走っていました。曇り空。

見えるのは田んぼ、墓、民家、畑、牛、墓、民家、、、、

ぼんやりしていたら通路から「モーニングコーヒー!!!!」という元気な掛け声が聞こえてきました。朝ごはんの販売ワゴンです。

コーヒーはいただかなかったけど、トウモロコシのおこわを食べました。おいしかった!

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トウモロコシのおこわ。見た目よりかなり美味しい!


ご飯も食べ終えてボケ〜っと緑生茂る車窓をみてたら、鉄オタでもなかろう旅行者が外から我々の列車を撮影しており、こりゃ景色がいいんじゃないか?と思って通路の外に出たら案の定、海の側を走行中!(コンパートメント内だと窓が逆を向いていて気づかなかった)

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海が見えた

海沿いの峠です。「ハイヴァン峠」という、統一鉄道におけるイチオシ見所ポイントを走行中でした。

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ハイヴァン峠の景色

あいにく天気はあまりよろしくなかったのですが、窓から先を走る車両と海が見える峠越えってなんだかとてもロマンチックじゃないですか。大変満足でした。

 

途中、人の気配の無さそうな場所に信号所(というのでしょうか?)が数カ所あり、駅員さんが1人で立っていて「ありがとうございます…」という気持ちに。

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途中の信号所


そして無事ダナンへ到着!

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ダナン駅のホーム

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ダナン駅のイカしたゴミ箱

ダナンからホーチミンまでの切符も今のうちに買っておきましょう。

ハノイ駅での切符購入時の失敗(?)を繰り替えさぬよう、買いたい席をどう伝えるか考えて「豪華なコンパートメント」と「普通のコンパートメント」のイラストをノートに描きました。そして「こっち!こっちの普通のほう!豪華なやつは、ノ〜!」と指差して伝えたら無事に切符が買えたうえに、ややウケ^^を頂けました。

 

無事切符購入後はダナンからバスでホイアンまで足を伸ばし、ランタン祭りやら船乗り体験やらを楽しんで数日後、ふたたびダナン駅まで戻ってきました。

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ガ・ダナンことダナン駅(これは到着時に撮った写真)

 

再び寝台列車です。今度はゴール地点のホーチミンを目指します。

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ホーチミンサイゴン駅)行きの寝台列車

 

乗り込みました。今回のコンパートメントです。前回の部屋にあったWi-Fiや良い香りはありませんでしたが、前回よりはショボめのお花と水が置いてありました。花も水もない席かと思っていたのですが、中間クラスの席なのかもしれません。(真相は謎)

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今回のコンパートメント

途中まで誰かが乗っていようで飲み物や弁当のゴミがそのまま置いてありました。下段のベッドは使用済みのようでしたが、私の席は上段なので問題ありません。そして乗務員さん曰く、ホーチミンまで私の貸切ですって!やったね〜。

 1人でゆったりと列車に揺られながら、ビールとベトナム名物バインミー(サンドイッチ)で晩酌です。おいしく頂いて、おやすみなさい。

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本日の晩酌

 

目が覚めると早朝で、田園地帯を走っていました。朝焼けがきれい〜!

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朝焼けの水田

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朝焼けの水田②

きれいね〜としばらく眺めて、すぐにまた寝てしまいました。

8時頃再び起きて食堂車を目指すも、もうすぐ大きな駅に到着だったようで人がごった返していて諦めてコンパートメントへ戻りました。

大人しく席にいたら乗務員さんがやって来て何か言ってくるんだけど、よくわからず。切符を見せても「違う」という。

よくよく聞いてみると、どうやらご飯のチケットを買うかの確認だったようです。2種類あったけど何のこっちゃわからんので「コムなんとか」を頼んでみました。「コム」は米のことを指すとどこかで見た覚えがあります。どんな朝ごはんかしら〜と期待して、35000VNDお支払い。

11時に持ってくるということで、お腹をすかせながら車窓を眺めて待ちます。

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ご飯チケットの半券

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海の近くを走ったり

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動物がたくさんいたり。

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踏切が手動

街中を走ってる時は線路と人の暮らしが近いので、すこしヒヤヒヤもするのですが新鮮な景色の連続で楽しいです。

 

11時過ぎにお待ちかねのご飯がやってきました。

焼いた肉の塊が乗ったご飯、味のしないきゅうりの漬物みたいなもの、スープ!がっつりご飯です!見た目通りのお味で、美味しくいただきました。

食べ終わってごろ寝してたら、乗務員さんがトレイを回収しにきてくれました。

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車内販売のご飯。右下の袋の中にはスープが入っています。

お腹も満たされて、そのまま、うとうと……昼寝。。

 

そして目が覚めると…

知らないオジサンが斜向かいで寝ていました。誰〜!!

現在地からホーチミンまではあと2時間ほど。この少ない時間のために割高な寝台席を取るのは考えにくいので「空いてる!ラッキー!」って感じで寝ていたのでしょう。別に寝てる分には良いのですが、閉めていたコンパートメントのドアをわざわざ開けて入ってきたのかと思うと少しビビリます。

掃除に入ってきた乗務員さんに「この人は…?」と聞かれて、知らないですと伝えたら、どこかへ連れていかれました。

 

 

そして2時間後、定刻通りにサイゴン駅に到着!

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サイゴン駅のホーム

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サイゴン駅入り口

3年前は訪れることができなかった、念願のサイゴン駅です。やっと来たぞ。うれしいです。

これにてベトナム統一鉄道の乗車完了です。景色もご飯も楽しめて、とっても楽しい鉄道旅でした。

  

全ての国の乗車記録を1記事で書くつもりでしたが、長くなってしまいました。このペースだと「その4」くらいまではかかりそうです。

次回、カンボジア・イラン編に続きます。

髙木知念フランス旅のロケ地巡りと旅の終わり

情報はすべて2018年3月当時のものです。

なんと2年半前のことを今更ブログに書きます。圧倒的なタイムラグ!

よろしければお付き合いください。

 (2021.1.4一部加筆修正しました)

 

■まえがき

過去の記事で触れているように私は数年前、深夜特急に憧れてユーラシア大陸をざっくり横断するような旅行していた時期がありました。

 

 

 出発時点で旅の期間もゴール地点も明確には決めていなかったのですが、大陸の西の端であるポルトガルリスボンを目指そうかなと漠然と思っていました(めちゃくちゃ沢木耕太郎の影響)

大陸の端で、海を眺めながらこれまでの旅を振り返る…。

なんて妄想をして胸を躍らせていたりもしたのですが、なんやかんやあってポルトガルまでは行かずに少し前のフランスで旅を切り上げて、フランス南部の海沿いの街・ニースを最終目的地とすることに決めました。

 

 

なぜニースに決めたのかといいますと、

私の大好きな番組「J'J Hey! Say! JUMP 髙木雄也&知念侑李 ふたりっきり フランス縦断 各駅停車の旅」の最終目的地がニースだったからです。

 

タイトルの通り、この番組は髙木くんと知念くんが各駅停車の列車を乗り継いでフランスを縦断するという内容。

二人はパリを出発して、8日間でゴール地点・ニースを目指します。

 

放送されていた2012年当時リアタイ視聴はしておらず後追いでBlu-rayを購入して観たのですが、もう本当に大好きな番組です。

もともと自分が旅行や鉄道が好きだからというのもあるのですが、若い二人(当時は髙木くん22歳、知念くん18歳)がヤイヤイ言いながら旅を進めていく様子が微笑ましくて楽しい。

街中で美味しいパンを頬張ったり、よくわからない対決を始めてみたり、行く先々でアトラクションに挑戦してみたり、うっかり列車を乗り過ごしをしてみたり。青春ロードムービー的な楽しさが詰まっていた構成で、見ているだけでウキウキしてきます。

少しだけ冷めたようなトーンで暖かく二人を見守るナレーションも良い。

何度見返したかわかりません。

 

個人的に鉄道旅行が好きなので今回の自分の旅行でも訪れた国ほぼ全てで鉄道に乗っていて、フランスへ行ったら、二人がニースへ向かうために最後に乗ったプロヴァンス鉄道には絶対に乗りたい!というのは出発前から考えていました。

車窓の綺麗な景色がとても印象に残っていたし、自然豊かな風景の中を走るプロヴァンス鉄道のレトロな車体の窓から二人が顔を出す映像がオープニングに使用されていて、これがまた可愛らしさと旅の情緒が感じられてとても良いのです。

 

それで、いっそニースをゴールにしてしまおう!と考えたわけです。

 

 

■まさかのストライキ

前置きが長くなりました。 

その後タイから中東、コーカサス地方、ヨーロッパ諸国を経てなんやかんやで無事にフランスまで到着しました。

 

プロヴァンス鉄道は山岳部のディーニュから沿岸部のニースを繋ぐローカル鉄道です。

乗車するにあたって、元々は番組内の二人と同じようにディーニュ→ニースという旅程を想定していたのですが、

乗車予定の数日前に「プロヴァンス鉄道の時刻表をもう一度調べておくか!」と思い公式サイトを開いたところ、不穏なインフォメーションが表示されていました。

全く読めないフランス語をGoogle翻訳にかけてみたところ

 

「下記の日程でストライキが実施されます」

 

エーーーーー!ストライキ

 

どうもフランス国鉄が大規模なストライキを実施するらしく、プロヴァンス鉄道もその影響でストライキを実施するということのよう。

日本ではあまり馴染みのないストライキだけど、フランスではもはや名物だなんていう声もあるくらいよくあることらしい。

 

ニースの空港から日本へ帰国してコンサートへ直行する(!)詰め詰めスケジュールだったのですが、

公式サイトのお知らせによると帰国便に乗る日の2日前までストライキは続く模様。

そのためプロヴァンス鉄道に乗るチャンスがあるのは帰国前日の1日のみ…。

しかしストライキは長引くことも珍しくないと聞きます。

 

宿泊していたホテルのスタッフにストライキのことを尋ねると、「どうなるか分からないけど、こういうアナウンスがある以上はその日も列車は動かないかもね。とりあえず、当日駅へ行ってみないとわからない」とのこと…。

 

番組と同じようにディーニュからニースを目指してしまうと、山岳部のディーニュで足止めを食らって予定通り帰国できない可能性が出てきました。

そのため、ストライキの影響をできるだけ受けないために一旦別のルートでニースまで出ておいて、

もし列車が動いていれば、帰国前日に日帰りでプロヴァンス鉄道を往復乗車することにしました。

 

 

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無事にニースへ到着しました。

ニースの海は本当に綺麗〜!テレビでよく見るあの地中海の色そのまま!白い浜辺も美しいです。

(ちなみに髙木知念フランス旅においては、ニースでは海しか行っていないためニースのロケ地巡りはしておりません。)

 

ストライキ期間中はニース近辺の村などへ行って観光を楽しみつつも、乗れるかな…乗れないかな…と心の中にしこりのある感じ。

憧れのプロヴァンス鉄道に乗れるか否か、ずっとドキドキしていました。

 

そしていよいよ、運命の日がやってきます。

 

 

 

■いざ、ニース駅へ!

帰国前日、その日がやってきました。

どうせ動かない気がするし、もう海でも眺めてゆっくりしようかな…と弱気になる心に喝を入れて、プロヴァンス鉄道のニース駅へ。

「動いていないことを確認しよう…」というような弱気な気持ちで駅舎に足を踏み入れると、

 

 

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普通に人、居た。

電車も居た。

 

今日の列車のチケットも売っていた。

なんかもう、普通に営業していた。

THE・拍子抜け。

 

ヤッターーー!憧れのプロヴァンス鉄道に乗れるぞ! 

終点ディーニュまで乗車してしまうと3時間程度掛かってしまうため、今回は中間地点のENTREVAUX(アントルヴォー)駅までの往復切符を購入しました。

番組を見ていた方ならご存知、アントルヴォーは二人が最後に宿泊した城塞の街です。

せっかくプロヴァンス鉄道に乗るのなら、アントルヴォーの街でロケ地巡りをしてやろうというわけです。

 

番組ではディーニュからアントルヴォーを経由してニースまでたどり着きましたが、私は逆の工程でニースからアントルヴォーを目指します。

 

 

ホームには番組で登場したレトロな車輌と新型車輌が並んで停車していました。

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どちらも運行している様子でしたが、私が乗ったのは往路も復路も新型車輌の方。見た目通り内装もピカピカで快適でした。

 

列車は地中海に続く川沿いをずっと走っていきます。

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川も海と同じようにエメラルドグリーンに近い色で感動しました。

列車は進むに連れて少しずつ山間部へ入っていき、美しい渓谷沿いを走り続けます。

番組のテーマソングであるTwenty One Pilots の Guns For Handsを聴いて気分を盛り上げながら車窓を楽しみました。

 

 

 

■ENTREVAUX(アントルヴォー)駅

そして走ること1時間20分。ENTREVAUX駅に到着!

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この駅舎!見覚えがありまくる煉瓦造りの建物!

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ニースへ向かう最終日の朝、右奥の山の間(ニース方面)から登る美しい朝日に二人が感動するシーンが思い起こされます。

 

 

■アントルヴォーの街

アントルヴォーは16世記に作られた城砦の街です。

駅のホームからも、その迫力満点の街を見ることができます。

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髙木くんが「アニメみたい」と言っていたアントルヴォーの街。

外から見るだけでも重厚感たっぷりで、そう言いたくなるのも頷けます。

 

 

ここは街の入り口である橋。

最終日の朝に浮き足だった二人が立っていた場所です。

ニースのことで頭がいっぱいの髙木くんはすでにビーチサンダルを履いて立っていましたね。かわいい。

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この橋を渡って、街に入っていきます。

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 橋は川の上に架かっています。綺麗な色だなあ。

 

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街の中も壁を感じる造りです。

平日だったこともあってか人も少なく、落ち着いて散策することができました。

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かわいい猫ちゃんがたくさんいました。

 

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穏やかな時間が流れていますが、やはり城塞らしい造りの街です。

 

 

 

■髙木くんが嗅覚で探し当てたレストラン「L'AMBASSADE」

小さな街のアントルヴォーはレストランの閉店時間も早く、二人が夜ご飯を食べれるレストランをなかなか見つけられず困るシーンがあります。

そこで活躍したのが髙木くんの優れた嗅覚。

「美味しそうな匂いがする!こっちだ!」と言ってどんどん路地を進んでいき、まだ営業しているレストランを探し当てます。

この優れた嗅覚に知念くんも「雄也か警察犬か、って昔から言われていたもんね…」と漏らします。そんなことある?

 

二人が旅の最後の晩餐を取った「L'AMBASSADE(ランバサッド)」。

私は髙木くんのように嗅覚が優れていなかったため、役場の方に場所を尋ねてたどり着きました。

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とってもオシャレな店構え。

撮影当時と外観はほとんど変わっていません。

髙木くん知念くんが食事をしていたのが手前に写っているテーブルです。

 

二人が食べていた食事の写真を見せて、同じものをオーダー。

アントルヴォーの名物であるセッカ(牛肉を干したもの)というものだそうです。

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付け合わせがポテトのようなものからバゲットに変更されていましたが、ほぼ同じ内容のプレート!

掛かっているのはハチミツ的な甘さのあるソースで、干し肉らしい塩っぱさとのバランスが良かったです。

 

 

■城塞を登る

街についた二人が、城塞の頂上を目指して登っていったシーン。

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頂上までは高さにして156m。距離としては1キロ程度の道のり。

当然ずっと登り坂なのでなかなかキツいです。

腰痛が…とヘコたれながら登る髙木くんと、髙木くんの荷物まで持ってあげて颯爽と駆け上がっていく知念くんが対照的でしたが、髙木くんの気持ちメチャクチャわかる。これはしんどいです。

 

そして息も絶え絶えになって頂上に着いた二人が「目に焼き付けておこう」と言った、頂上から見える景色。

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「あの山の向こうにニースがあるのかな」という髙木くんの言葉が印象的でしたね。

岩肌が見える山と緑のコントラストが綺麗です。

 

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二人が身を乗り出して景色を見ていた場所。

ニース方面に向かって「待ってろよー!!」と叫ぶ髙木くんに「まだ届かないよ…音が届くには時間が掛かるからね…」と知的なレスポンスをしていた知念くん。本当に良いコンビだな!

 

 

■ニースに戻って、帰国

アントルヴォー観光を十分に楽しんで、ニースへ戻ってきました。

これで私の旅もおしまいです。

翌日、ニース空港からカタールと上海を経由して、無事に帰国することができました。

 

台北から旅をスタートして最終地フランス・ニースに至るまで、計116日間の旅行でした。

4ヶ月弱を短いと思うか長いと思うかは人それぞれだと思うのですが、自分的には満足した気持ちで旅を終えることができました。

旅行の途中、良いことも嫌なことも色々あったけど、とても良い思い出になりました。

旅行の総括的な記事はまたいつか別で書くかもしれないので、その時は何卒〜。

では。